「お岩さん」というデジャヴ(まるちょう診療録より)

症例 70代 男性
主訴 頭が痛い、腫れてきた
既往歴 関節リウマチ治療中 MTX、アクテムラなど
現病歴 10日前から、頭が痛い。頭が腫れてきた。一度だけ発熱あり、37.5度。
身体所見 両側眼瞼(上下とも)浮腫著明 発赤はなし
頭部全体に浮腫著明 圧痛はそれほど認めない
採血:WBC正常域 CRP0.21 TP/Alb正常 肝障害なし 腎機能NP
診察前に頭部CTを撮影していた。載っけておきます。
それと、本症例ではないですが、Webからの写真も。


最初は皮下の炎症なのか?と思った。例えば蜂窩織炎みたいな。しかしそれは、採血結果から否定的。だいいち、発赤や圧痛がそれほどないし。CTから、脳実質は問題ないと言える。しかし、頭部表面の浮腫が説明できない。もちろん、眼瞼のひどい浮腫も。
躁鬱の波に翻弄され、淀みきった僕の頭脳では、この男性の症状を救うことはできなかった。頭部表面の痛みはあるようなので、神経痛はあるかな、とリリカ7日分のみ処方して帰した。状態が変わらなければ、数日後でも受診してください、と。

帰宅後、ずっと違和感が残っていた。あの浮腫は、ぜんぜん解決できていない。疲労で考えることが嫌なんだけど、考えずにはいれなかった。夕食後、書斎でiPadをいじる。例えば「神経、浮腫」で検索をかけてみる。すると「血管性浮腫」という病名がヒットする。画像としては、口唇の肥大したものとか。次は「血管性浮腫」で検索かけてみる。クインケ浮腫という病名、まぶたも好発部位ということ。

iPadでいろいろ情報をかき集めるうちに、あの男性のひどい浮腫が「クインケ浮腫」であるという確信を持つに至る。感染でなく、炎症でもなく、アレルギーである、という見方。そうした「慧眼」は、診察時にはとうてい持てなかった。アレルギー臭いと思ったとしても、まったく治療にすすむ自信がなかった。あの浮腫が万一、喉頭部まで降りていったら、アウトである。クインケ浮腫としては重症の部類であり、やや急ぐかなと思った。

そうした思考のプロセスで、過去の症例を思い出した。2020年8月6日のBlog「ひどい薬疹がキタヨー!」に出てくる40代の女性。この人もまさにお岩さんだった。既往にリウマチがあり、ロキソニンを服用されていた。当時、この症例は「薬疹」という大まかな結論で片付けられていたが、実はクインケ浮腫だった可能性が高い。ソルメド125mgとアレグラにて軽快した。非常にステロイドが効いた感触が残っている。

さて、病名と治療法がほぼわかった。しかし、翌日はOffである。疲労も相当にあるけど、ここは出勤するでしょう。患者さんのためでもあるが、自分の中の「借り」を返すために、この患者さんをしっかり治療したいと思った。社会人はスジを通さなければ、生きていけない。フィリップ・マーロウみたい。

そうして翌日、休日出勤してその70代男性を電話で呼び出し、事情を説明して、ソルメド125mg+強ミノ(ちょいと工夫した)を点滴。頭痛はなくなり、腫れもかなり引いた。あと、アレグラ7Tを処方。爽やかな達成感はあったが、その後の金、土、日の仕事が大変だった。ま、人生こんなもんよ。今回のコミットでクインケ浮腫については、かなり自分の中で根付いたように思う。以上「まるちょう診療録」で、文章こしらえました。