10年前の症例を遠い目で思案する・・まるちょう診療録より

医者という仕事をやっていると「忘れようにも忘れられない」症例が、宿命のように残る。2013年の真夏の症例(当時のBlogはこちら)。15歳の野球を愛する健康な青年。主訴は39℃台の高熱と頭痛、嘔気。五日前くらいに、友達と琵琶湖で遊んだ。二日前にC病院で髄液検査実施 ☞ 問題なし。ただ、採血で血小板減少(96000)、PT-INR1.35、APTT44.7、CPK202、CRP1.06、LDH274、ALP428、Cr1.09(eGFR81.2)などの異常所見あり。

C病院で腰椎穿刺だけして、あとは「丸投げ」という形で、僕の外来を受診された。「丸投げ」というのは酷い表現か。なんらかのウイルス感染症という見立てで、対症療法で経過をみた。でも、全然よくならないので、僕の外来を受診した。でも、僕の外来を受診された時には、すでに青年はかなり不安そうだったし、その父親は「もう逃さんぞ」という強い目線で、息子の背後から僕を捉えていた。僕が何をしたわけでもないのに、土壇場に放り込まれてしまった。真夏の悪夢のように。

診察で新たに分かったこと。背部、顔、頸部に皮疹あり。背部は皮疹多し。これは本人様やご両親も気づかなかった所見で、一層その場に不安がたちこめる。採血(二日後の採血なので、それほど差があるわけないのだが)、血小板はさらに減少(83000)、その他は著変なし。この時点で明確なことはひとつ。自然経過で治癒するようなウイルス性疾患ではない、ということ。

当時の僕は、ダニ感染症(SFTSとか)を中心に考えていた。また、採血データからマイコプラズマIgMが陽性だったので、「えい、ままよ」とMINOを投与。あの修羅場で、僕はなんらかの「方向性」を出すことを要求されていた。今だから言えるけど、まったく自信はなかった。ダニを疑ったとしても、林や森に入ったわけではなく、ダニの刺し口もない。ましてや、咳もないしレ線で肺炎もないので、マイコ感染症はナンセンス。あの時は医師として「大見得を切った」のだった。土壇場でみせた必死の演技。自分の力量不足を呪う、必死の「賭け」。

5日後、青年は病から回復していた。そう、MINOが著効したのだ。解熱し、頭痛も消失。あれだけあった皮疹もきれいに消失。血小板は正常化。まったくの「結果オーライ」だったが、内心は大いにホッとしていた。野球少年の屈託のない笑顔が、今も脳裏によみがえる。

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最近、たまたま個人的な勉強をしていて「レプトスピラ症」についてまとめていた。ドクターGという番組で名前を知り、総合内科医としてちょっと知っておかなくては、となったのだ。勉強するうちに、ふと上記の10年前の症例が浮かび上がってきた。要点を挙げておきます。
●淡水や汚水暴露(池や川で泳ぐなど)などがきっかけになりやすい
●経皮、粘膜感染
●頭痛と発熱、嘔気は多い症状(皮疹もあり得る)
● 血小板減少や肝機能障害、腎機能障害、出血傾向など
●CPK、LDHなど上昇
●治療としては、ペニシリン系やテトラサイクリン系を用いる

当時のカルテを調べると、初診医の診察に「左脛骨前面に痂皮化した擦過傷あり」と記載がある。琵琶湖で泳いで、ふとどこかに左すねをぶつけて傷を負い、そこからレプトスピラが侵入したという仮説。この仮説は、かなり魅力的なのですが、ただひとつ、弱点があります。それは琵琶湖で遊んでから、わずか3日くらいで発熱している点。レプトスピラの潜伏期間は10日以上といわれている。そこで、うーん・・となってしまう。他はバッチシ合うのに。

レプトスピラの画像収集していたら、偶然こんなのに出会った!


つまり、潜伏期間の最短としては「3日間」もあり得るのだ! これで上記の「仮説」は、ほぼ立証されたことになるかな。なるほど、最短で3日なんだー

いちばん重要なことは、10年前のあの頃、「レプトスピラ症」という病気の存在さえも知らなかったということだ。今考えると「なんと恐ろしい」となってしまう。やはり総合内科医を名乗るからには、知識の引き出しを多くしなくては・・と思いました。10年前の「火事場のクソ力」では、やはりリスクが大きすぎるし、限界があります。もっともっと勉強しなければと思った次第です。