近況・・手が震えたガチの症例

医療系の近況をひとつ。毎年ひとつかふたつくらいは、痺れる症例に出くわすものだ。医師として、再診の患者さんをこつこつ、丁寧に診るのは大事なこと。経営の面からも、とても必要。でも総合内科の人間としては「頭を使ってなんぼ」という側面はあるわけです。他所で解けなかった謎が解ける・・これが総合内科の本懐であります。表現が適切でないかもしれないけど、一種の「エクスタシー」なわけです。もちろん、勉強にもなるしね。実地で経験した思考や判断は、教科書を読むのと比べて数倍印象に残る。

さて、前説が長くなりました。15歳の少年で、主訴は五日くらい前からの高熱と頭痛、倦怠感。ただし、三日前くらいにC病院の救急を受診されていて、そこでは主に髄膜炎の除外診断(髄液検査)をされていた。髄液は異常なし。ただし採血で、血小板減少と凝固異常がある。炎症はわりと軽度だけど、この出血傾向?がイヤな感じ。C病院から、病状のフォロー依頼で受診。

まず看護師が、おおざっぱな問診をするんだけど、そこに「一週前に琵琶湖で友達と遊んだ」と書いてある。私はとっさに例の「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」の可能性を考えた。うーん、もしそうなら大変だぞ~・・などとつぶやきつつiPadで情報収集。こういう時はiPadが活躍する。Webで検索して、厚労省のHPがヒット。詳しく載っている。採血の結果は、C病院の時とそれほど変わらないが、血小板減少はやや増悪。要するに、単なるウイルス感染のような「自然に軽快」という経過ではない。さて、どうしたものか・・


少年とご両親が入室。少年は部活で野球をやっているそうで、しっかりした体格。当然のことながら、ご両親は厳しい表情で、これはもうのっけから「ガチの雰囲気」だな。こちらも「誠心誠意対応します」という、話し方、目線、体の向きなど、体制を整える。まず採血結果から説明。病状としては、良くなっていないこと、感染症と思うが、絞れないことなど、丁寧に説明。もちろん、SFTSについても突っ込んだ問診。琵琶湖では山や林には入らず、湖岸で水泳をしていたそうだ。また、マダニの刺し口は見つからなかった。そして、ご両親も気づかなかった新事実が発覚。体幹(主に背中)を中心に、皮疹が多数出ていた。

SFTSの潜伏期間は6日以上なので、ちょっと合わない。マダニに咬まれた形跡もなし。そこでうーんとなる。でも、ダニ媒介の感染症の匂いはすると思った。ただ、ご本人と家族がいらっしゃる前で、またこの忙しい外来中に、ツツガムシ病だの日本紅斑熱だのを調べている時間もない。明日、また来てもらおうか・・ 一晩、自分なりに勉強するか? 入院も打診したけど、ご本人は熱はあるけど、もともとが元気な少年なので「いや、入院は・・」となってしまう。こうしたガチなやり取りの中で、手が震えてくる。本態性振戦である。できるだけ、少年に見られないように、隠しながらしゃべった。キーボード打ちにくい・・ 結局、翌日再診という方向で話がまとまり、いったん退室していただいた。そして電子カルテを前に、ひとり沈思黙考。ホントにこれでいいの?

まてよ? 今日できることが、何かないか? そうそう、胸のレントゲンは撮っていない。マイコプラズマ肺炎なら、こうした多彩な症状はあり得るかも? でも、マイコ感染で血小板減少はあり得るの? ここでもiPad先生が活躍。Webで調べたら、ちゃんとそういう症例が出ている。しかし・・マイコといえば咳。あの子は咳は一切ない。うーん・・でも、最善を尽くそう。できることをやっておこう ☞ 採血を修正してマイコIgMチェック。ギリギリの判断で、もう一度受診者を呼びなおす。そして、上記の追加の検査をすると伝えると、お父さんのいい表情が返ってきた。「いちおう尿も診てもらえますか?」と。あ、やりますやります。・・こうしたラポール形成、いいね。

さて、検査結果は・・ レ線は、明らかな肺炎像なし。もちろん、尿も正常。でも、マイコIgMが陽性だった! これをどう評価するか・・ 偽陽性はあり得る。でも、エンピリックに抗菌剤を出せるかも? 例えばテトラサイクリン系なら、もしダニ感染症だったとしても対応できる。もちろん、マイコもOKだし。というわけで、ミノマイシンを出すことにした。

さて、五日後再診。少年は、ほぼ解熱して頭痛は消失、皮疹も消失。表情は明るい。採血では、炎症は正常上限まで低下。そうそう、血小板は見事に回復! これには驚いた。凝固系はPTは正常化、APTTも改善。肝障害がまだ少し残っていたが、ミノマイ著効は明らか。ほっと一息ついた。お父さんの安堵した表情が印象的だった。

総括。原因病原体は、確定はできていない。マイコかもしれないし、ダニ感染症(ツツガムシ病や日本紅斑熱など)の可能性もある。ダニの刺し口は確認できなかったし、まあ、結果オーライです。今調べてみると、日本紅斑熱はあるかも。うーん、総合内科って、思考であり、勉強であり、冒険なんですね。。 楽天的でないと、務まらないです(汗)。以上、最近の痺れた症例について記しました。