近況

近況をみっつほど。

ひとつめ。11日はT社に出張健診だった。まるちょうは、毎週火曜日にこの仕事をしている。出張健診自体は、嫌いではない。というか、毎週いろんなところに行けるので、気分がリフレッシュできて良いという面もある。しかしもちろん、デメリットもある。毎回仕事する環境が変わるので、臨機応変が必要である。ちょっとした不注意で、身体を痛めてしまうこともある。11日はちょうどそんな感じだった。診察の部屋が応接室。医師の座る椅子が、応接室用のよくある低くてふかふかした、身体が沈むようなタイプの椅子。そして、受診者は普通の丸椅子。私の椅子の詳細を記すと、肘掛けがやや高い。受診の用紙(OCRと呼んでいる)をそばのテーブルで記入しようとすると、ひどく腰を捻らなければならない。わかるかなぁ? 身体自体は下に沈んでいて、OCRに書き込むごとに、よっこらしょとそばのテーブルに体を捻って・・ という、これをざっと120回しなければならない。途中でこの動作の危険性を察知して、膝の上でOCR記入するようにしたものの、時すでに遅し。帰宅後から調子悪く、なぜか眠れない、不快感がつづく。翌朝に腰痛となって「得体の知れない身体の不調」の本態がはっきりした。12日は、ひどい腰痛に不眠で最悪の状態で出勤。歩いても座っても、じっと立っていても辛い。その日は午前が一般外来で午後が心電図読影の仕事。ラッキーというか、あるいは何らかの人為的な温情が舞い降りたか?(笑)、外来は13時半頃に終了、心電図も522枚と、楽な仕事でした。ちょっとした「危機」でしたが、なんとか切り抜けました。ありがとうございます(←誰にゆうとるん?) しかし、出張健診特有の「状況の変化」には、気をつけなければならないな、と痛感した次第です。


ふたつめ。6日に、自炊作業(書籍の電子化)がいったん終了。自炊、長かったっす。思えば、2010年の暮れに、ほぼ衝動的に裁断機とPDF読み取り機をAmazonで購入。その頃、iPadをいかに日々の中で活用するかについて、試行錯誤の時期だった。当時の私は、iPadを最大限に活かすには、自炊は避けて通れないと思っていた。まずは七万円の初期投資。ちょっと痛かったが、まあそれはよしとして・・ 本当の地獄は、自炊作業自体にあった。実際にやってみて、その大変さが身にしみた。要するに、究極の整理術なわけだから、現象的にはエントロピーの収束を意味する。それ相応のエネルギーが要るわけなんです。上記のような便利なツールはあるとしても、まだまだ大変。それに気づいたが、もう引き戻せない。歯を食いしばって、作業を続けた。ギターもしたかったが、中止。昨年秋頃に、お蝶夫人♪のエレピがわが家にやって来て、衝撃的なエレピとの再会を果たした。すごく弾きたかったけど、これも封印。自炊が終わるまでは、じっと我慢の子・・ そうして、ようやく6日に、ひととおり自炊が終了した! 長い道のりだった・・一年と九ヶ月。おかげで、自炊作業をスムースに行うコツも、だいたい把握した。クラウド事業が乱立して、これも面白いトピックなのだが、ここでは触れまい。

今書きたいのは、エレピの楽しさです! とりあえず、昨年の秋にちょっと弾き始めていた「少年時代/井上陽水」を、練習しています。何だろうな、ほんま時を忘れてしまう。ギターと違うところは、エレピは6歳から13歳頃まで、ちゃんとしたレッスンを受けていたこと。当時は「親に言われるから、いやいや」やっていた。でも、いちおう体系的なトレーニングは遠い過去の記憶に残っている。今エレピを触れて、それがどんどん蘇るのね。この快感たるや! というわけで、ギターさんにはもう少し冬眠していただいて、エレピを中心に楽しみたいと思う今日この頃なのでした(笑)。

みっつめ。8月14日のBlogで紹介した「難治性胃腸炎のハンサム青年」のその後の経過について。Twitterですでに情報を流しましたが、いちおうBlogにも記しておきます。あのBlogの中で、もしかしたら「同性愛→アメーバ赤痢(HIV感染も?)」という仮説を立てていたのですが、結局それは考えすぎ。ずばりクローン病でした。ただし、小腸クローン。これ、診断が実に難しい。

転送先のN病院で、もう一度大腸ファイバーが実施されたが、疼痛がひどく、S状結腸までで退却。向こうの先生はCTの画像から小腸の炎症を想定され、アメーバ赤痢の可能性はわりと早い段階で却下されていた模様。しかし、証拠がつかめないので右往左往。最終的に、S医大病院へ小腸カメラ?(カプセル内視鏡だろうか?)のために転送の準備をしていたところ、イレウスとなる→緊急手術。そうして回盲部から口側に、相当の長さを切除された。回腸末端の方は、すでに一塊となり膿瘍形成が著しかった。そして、S状結腸との癒着もひどかった。病理で肉芽腫性病変を多数認めて、ようやく確定診断となる。それ以降は、順調な経過とのこと。

私の外来にて、やや漫然と抗生剤二種を投与した。あれは「漫然」ではないかな? 途中で便培養もしたし、仕方のない道のりだったか? でも少なくとも、最初はIBDやアメーバ赤痢なんて、まったく想定していなかった。抗生剤が反応なくて、ようやくあたふたした感はある。IBDの初診患者は、これが初めて。医師になって約20年、たぶん何人かのIBD患者さんが、私のそばを過ぎていったはずだ。ポンコツな私はそれに気づかなかっただけで、無為に医療行為をしていたわけだ。そうしたポンコツな医師としての20年に「大いなる恥」を感じなければならない。今回、ようやくIBD患者さんを直に診ることで、IBDの直観的なイメージを肌にすり込むことができた。あのハンサム青年に、お礼を申し上げたい。というか、この症例で得たものを無駄にしないよう、これからの診療に活かしたいと思います。以上、みっつ近況を記しました。