近況その弐・・難治性胃腸炎のハンサム青年

それでは「近況その弐」として、よっつめいきます。

外来で印象的な患者さんを診たので、報告など。29歳の男性で、タレントの小池徹平にちょっと似ている、線の細いハンサム系。笑うと八重歯がちょっと見えて、キャワイイ(笑)。主訴は38℃台の熱と下痢と腹痛、そして食思不振。初診では採血でWBC、好中球増多、CRP7台あったので、普通に細菌性胃腸炎の疑いでクラビット500mgを5日分出して帰ってもらった。しかし改善なく、一週後再診。発熱は改善していたが、腹痛と下痢が続く。念のため採血すると、やはり同様で全く改善なし。そこで混乱した。クラビットが無効な腸炎・・とりあえず、便培養を取る。そして、多忙な外来にて、うまく頭が働かず(汗)、ジスロマック500mgを三日分だして、一週後再診とした。しかししかし! 一週後も採血上は全く抗生剤に反応していない。症状は若干マシになっていたが・・ そして、便培養も二回やったがどちらも陰性。ここで恥ずかしながら混乱した。

過去にこうした症例で、腹腔内に巨大なリンパ腫があって、その時は「もっと早くCTを撮っておけば・・」と悔やまれることがあった。そこで、とりあえず単純CTを撮ってみる。しかし、自分が見たところ、特記すべき所見なし。腸管壁の肥厚なんかは自信なかった。放射線科医師による正式所見を待つということで、あと数日待ってもらうことに。


さて、この話の一番言いたいところは、ここからである。自分としては「悪性疾患ではないと思うが、なんとか目鼻を付けなければ」という思いで、焦っていた。帰ってから、あれこれ勉強。うすうす、炎症性腸疾患のことは気づいていたが、Twitterでその理路を文章にしてみると、ようやく頭の中で整理がついてきた。潰瘍性大腸炎とクローン病。恥ずかしながら、どちらも初診で遭遇するのは初めて。いつも感染性胃腸炎ばかり診ている脳には、ちょっと辛い状況。さて、腹部の触診で圧痛がスキップする印象、粘血便ではなく水様便、胃の症状もあり、などなど☞クローン病はありそうに思えた。潰瘍性大腸炎は、若干合わない。 これはとりあえず、入院→絶食にして大腸ファイバーなど検査しないと・・ というのが結論だった。

しかし、である。ご本人は入院を拒まれた。ちょうど二日後に大腸ファイバーの検査枠があったので、とりあえずこれだけチェックすることに。検査の二日後に結果説明。その日は自分としても、事の重大さが分かっていたので、早出で対応。大腸ファイバーの所見を見ると、これがクローン特有の所見なしと出ている。消化器専門医のコメント欄には「アメーバ>クローン」というようなことを書いてあった。小さな潰瘍~びらんの散在、そして肛門付近に白色化した痔核ありと。アメーバ赤痢?なんじゃそら?その場ではコメントを理解できず、とりあえずスルー。

さて、診察のとき。その時はお母様が同伴されていた。そりゃそうだろう。あちらも事の重大さが分かってらっしゃる。お母様はとても普通のちゃんとした人だった。実家は滋賀の長浜とのこと。CTと大腸ファイバーの所見を説明して、まだ結論に遠い事を納得していただく。CTも結局非特異的な所見だった。とても流動的な状況だった。実にいろんな選択肢がある中で、本人さんは実家に戻って、そちらの病院で診療を受けたいと。意外な展開だった。何より、お母様がびっくりされていた。「ほんとにそれでええの? 仕事は大丈夫なん?」青年は黙ってうなずくのみ。若干「へんな空気」が流れたように思えた。

思ってもいない展開で、急遽、診療情報提供書と検査画像の書き出しなどに追われる。とてもあれこれ考える余裕なんてなかった。文面としては「炎症性腸疾患(クローン病)疑い」という流れで。でも、本当にもやもやする結末だった。真相に遠い自分の無力が悔しかった。それが忘れもしない7月25日(水)。ホント中途半端な、いやな結末だった。

この話は、これで終わりではない。むしろ、ここからが核心です。二日後、Twitterをしていて、ホントに偶然に運命のようなつぶやきが流れてきた。具体的な内容は忘れてしまったけど「アメーバ赤痢が男性同性愛者の間で流行している」という示唆を与えるものだった。それを目にしたとき、一瞬「え?」となった。私は学生時代に医動物学実習で「輸入感染症」として習っていたから。件のハンサム青年は、海外渡航歴はなかった。その時点で私は、アメーバ赤痢を除外してしまっていた。

そのつぶやきに触発されて、ネットで大腸アメーバと男性同性愛の関連を調べる。すると、出てくる出てくる、近年の状況が。目から鱗がどっさりと落ちた。大腸アメーバは、もはや「輸入感染症」という位置づけは古く、男性同性愛者間で流行するSTDなのだった。りっぱな国内感染症であり、同時にHIV感染症についても要注意。・・あのハンサム青年は、ゲイだったのか? そして親にもそれを告げていない可能性あり。あの時の「へんな空気」。肛門付近の「白色化した痔核」・・何もかもが合点が行くような気がした。まぁ、もちろんクローンの可能性も十分に残されてるけど、、 結局一番必要な問診は、性交渉についての質問だったわけね。訊きにくいことだけど、本件では最重要だった。

翌日は土曜日で、長浜の病院は休診。とりあえず、大腸ファイバーの生検結果(これも特異的所見なし)を印刷して帰宅。そして週明け月曜朝イチに、自宅から生検結果に加えて、上記の個人的見解を記して診療情報提供書の追記として、長浜の病院の地域連携室へFAXした。そうして、ようやく「ある程度やりきった」という充実感を得ることができたわけ。本症例は、まだ結論は知らないけど、いろいろ気づかされることが多い、勉強になる症例だった。平凡な日常診療にまぎれて、こうした「ちょっとややこしい」症例が入ってくる。そうした時に、いかにパラダイム・シフト(脳のギアチェンジ)をするか、というのは、簡単そうで難しいです。実地診療の日常と非日常の分かれ目を垣間みたような気がしました。以上、二回に分けて近況をよっつ記しました。