病名をつけて「看取る」ことの意義について(まるちょう診療録)

異様な光景だった。80代の寝たきりのような女性がストレッチャーで診察室に入る。病院へは初診である。もちろん、家人の付き添いにて。先に整外科を受診されていた。整外科から当科へのコメントには「両足趾blue toe、摂食障害にて受診。ABIの結果からは動脈閉塞うたがい。下肢造影CTなど必要と思われます。低栄養や摂食障害あり、集学的治療をお願いできないでしょうか」などと記されていた。とても申し訳なさそうに。

本人様の衰弱は誰の目にも明らか。下肢浮腫著明であり、足趾には潰瘍形成がある。要するに、床ずれだね。超高齢者でこうした病状というのは、分からないでもない。でも、介護サービスも受けていないし、病院は初診ときている。ふと、ネグレクト?みたいなことが頭をよぎる。

本人様は話せる状態ではない。家人からお話を聴く。話ぶりから、わりと普通でまともな印象を受けた。ネグレクトを含む虐待の線は薄いか。どうも、本人様の「変化」については、家人も当惑しているようだ。数ヶ月前から急に食べれなくなり、ヨーグルトや水分ばかり。ベッドから立つこともできない。歩けない。部屋から出ることもできない。排泄についてはおむつ管理。お風呂も入っていない。体を拭くくらい。もともとは気丈な人、年齢のわりにしっかりしている人だったが、二ヶ月くらい前から食べられず、動けず、認知症も進んだと思うと。

採血の結果を。
いちばん大事な所見はBUN。約60というのは上がり過ぎである。脱水はあると思うが、それにしても高い。ちなみに腎機能は保たれている。Hbは10で軽度貧血だけど、脱水を考慮すると、もっと低いはずと見込んだ。そして見逃してはならないのがLDH軽度上昇。何らかの悪性疾患の匂いを嗅ぎとる。あと、TP/Albの極低値は予想通り。ひどい低栄養。

BUNの強い上昇は、まずは消化管出血を想起させる。患者さんは食べられない(特に固形物)わけだけから、まずは胃の病変を疑うべきだ。そこからの低栄養、低栄養からのADL低下、下肢の床ずれ、そして認知症の急速な増悪。いくら気丈な人とはいえ、80代なのである。身体に何らかの「大きな一撃」が加わったとき、それに抗うだけの予備能力は残っていない。

胃潰瘍もあり得るが、LDHが上がっているあたりで、胃癌を考えた。普通の人なら胃カメラだけど、これだけ超高齢でADLが落ちていると、まずは入院適応だろう。C病院に打診したところ、本日の緊急入院はむりだが、二日後ぐらいならOKとの返事をえた。


C病院にて、胸腹部CTがまず実施された。スクリーニングとしては妥当な検査。写し出されたのは、胃の著明な拡張、食物残渣の貯留。すなわち、幽門部狭窄が疑われた。つづいて胃カメラが実施され、スキルス胃癌が確認された。幽門部はほぼ閉塞。病理は印鑑細胞陽性。

もちろん、手の施しようがない。幽門部にステント留置したが、焼け石に水。入院後、14日目に死亡退院となる。この症例でいちばん重要な点は、本人様に「病名」が付いて旅立たれたということ。医師による「診断」がないと、いわゆる「異状死」とみなされ、警察沙汰になっていた可能性もある。家人が本人様を病院に連れてきたタイミングとしては、やはり遅いんだけど、来ないよりはずっとマシだったのだ。「異状死」ではなく、「胃癌」というちゃんとした不幸で逝かれた。合掌。