妙齢女性の片足のむくみから始まった話(まるちょう診療録より)

40代女性で、二週前から左足が腫れる。だんだんひどくなる。今週から、痛みやかゆみがでてきた。診察では、左下肢の足背〜下腿〜大腿部にかけて浮腫著明。圧痕性で、軽く把握痛あり。発赤なし。問診を深く。閉経は未、ピル服用なし、その他の投薬なし、喫煙なし。ここまでの時点で「あれ?」と思った。

片側性の下肢の浮腫で、いちばんメジャーなのは深部静脈の血栓と思う。蜂窩織炎は、もっと発赤があり、熱もでることが多い。そしてこの人の足の爪は、40代女性らしく清潔だった。でも・・ピルも喫煙もないとなると、血栓の可能性が遠のく。思わず「うーん」と首をかしげてしまう。「他になにか変わったことはありませんでしたか?」と食らいつく。その女性いわく「そういえば・・」

今年に入って、下腹のでっぱりが目立つようになった。うつ伏せになると、圧迫される感じあり。というか、痛くてうつ伏せになれない。ここ二ヶ月くらいで、このでっぱりはひどくなっている気がする。「んー!」 こうしたときは、とりあえず現物を観察するに限る。お腹の診察へ。


下腹部全体に膨隆、圧痛はなし、弾性軟、拍動なし。下腹部全体にわたる腫瘤様病変である。これが左下肢の静脈灌流障害を引き起こしていたという仮説。腹部CTと採血をオーダー。


採血は特記すべき所見なし。腹部CTにて、下腹部に巨大な卵巣嚢腫らしきものが写し出された。下腹部ぜんたいを占拠する病変。悪性か良性かは断言できないが、良性の可能性が高いと思う(腫瘍マーカーは陰性)。ただ、手術は必要に決まっている。こんなの、うつ伏せで破裂した日にゃー、目も当てられん。左下肢の浮腫については、一般論として「腸骨静脈圧迫症候群」というのがある。解剖的に左腸骨静脈が右総腸骨動脈に騎乗されることによって起こる現象で、左下肢の方が右下肢よりも約2倍の頻度で発生する。

C病院の婦人科へ紹介。やはり餅は餅屋。婦人科の先生はOPを焦らない。まず、下肢静脈エコーを実施された。つまり、血栓のチェックね。すると、ありました! 左総腸骨静脈から外腸骨静脈にかけて、比較的輝度の高い血栓あり。そうすると、卵巣嚢腫を切除したあと、この血栓が飛んで、肺塞栓などを起こすリスクを否定できない。


婦人科の先生は、とりあえず抗凝固剤を開始された。OPについては、血栓のコントロールをしっかりしてくれそうなMK病院へ紹介となる。そこで、下大静脈フィルターを設置した上で、卵巣嚢腫のOPを実施することになるだろう。

最後に。実は10年くらい前だったか、巨大卵巣嚢腫には一度、遭遇している。そのときは、やや認知症のある老婆で、今回のよりももっと大きかった。肝臓をも圧排して、腹腔内ぜんたいに及んでいたのを覚えている。しかし、静脈の血栓症などの合併症はなかったので、C病院の婦人科でサラッとOPされた。具体的な方法論としは、嚢腫の中の大量の液体を、まず注射器で丹念に抜き取る。それから卵巣を切除されていたと思う。今回の症例は、バリバリのキャリアウーマンで、やや不本意な長い休暇となりそう。でも、ちゃんと治して、現場へ復帰していただきたい。以上、まるちょう診療録より文章こさえてみました。