自分では「いい仕事した」と思っていても・・(まるちょう診療録より)

診療の中で、患者さんに対してぜんぜん悪気はなかったのに、あることを境に医療側が完全に悪者になってしまうことがある。患者さんの人生観とか、死生観とか、短い医療面接の中で把握したつもりになって「この患者さんは、これくらいの医療介入を望んでおられる」というイメージが醸成される。今回はそうした「行き違い」で、患者さんには恨まれるし、僕はがっくりくるし、という症例です。まあ、たくさん診ていると、こういうこともある。

70代男性。2020年の5月から当院へ転医。2010年ごろに、K病院でPCI (ステント留置)実施ありとのこと。当科では主に、血圧と脂質のコントロールをしていた。2021年8月受診時、散歩のときに動悸がする、との訴えあり。たまに心臓の検査をしましょう、との提案で、ホルター心電図と心臓エコーを予約。ホルター心電図はPVCなど認めず。心臓エコーは「左室壁運動は正常範囲、軽度の左室拡大、Ar mild」くらいの所見。心カテを10年以上していないという事実あり。京大HでIHD (ステント留置後)に関して、どのような管理が行われているか不明。本人様は「心カテはいや」とおっしゃる。それじゃ、まずは経過観察しましょうか、となる。

2023年8月、僕が不在で、他の先生(女医さん)が診察されていた。「ときどき動悸あり、胸が焼けるような感じがある」という訴え。その先生は「再狭窄除外」として、心エコーと採血、心電図、レントゲンをオーダされていた。今思うと、この女医さんの勘は鋭かったと思う。

2023年11月末に再診。「歩いていて、ときどき胸がやける感じあり、30分くらい持続することも。少しの歩行で胸部症状あったり。今はどうもない」など訴えあり。上記検査の結果としては、レントゲン、心電図、心エコー、どれも特記すべき所見なし。狭心症発作にしては、ややむらがあり、微妙なところ。こうしたとき、NTG舌下錠を渡すことがある。これは診断も兼ねて処方するわけ。つまりNTGが「効けば」、狭心症との診断へ近づく。ただ、この患者様は、NTG舌下錠も要らないとおっしゃった。また、冠動脈CTも勧めてみたが、要らないとおっしゃる。

こうした態度をみて「この方は、そういう人生観なのか・・」と、へんに了解してしまった。 心カテも要らない、NTGも要らない、冠動脈CTも要らない。この方は、医療的介入を好まない、あるいは変な言い方をすると「できるだけ自然な死を迎えたい」という死生観なのか、と思い込んでしまった。

2024年4月再診時、早歩きで動悸あり、胸が焼けるような感じあり、眠剤でなんとか眠れる。早歩きで、息が詰まるような、のどが熱いような、胸が苦しいかもしれない。止まると、5分くらいでおさまる。前回に比べて、狭心症の典型的な症状がそろってきた。一般の方はやや奇異に聞こえるかもしれないが、狭心症という病気はふつう、心電図にもレントゲンにも、採血にも、そして心エコーにも、異常所見としては出てこないことが多い(もちろん、現場ではそれらの検査はするけど)。むしろ、丁寧な問診がいちばん有効である。これは故 日野原先生の至言でもある。さらに、こうしたエピソードの頻度が増えている印象を持った。つまり診断としては、労作性狭心症疑い(不安定狭心症除外)ということになる。

今回は本人様、心カテについては拒否されなかった。やはり「ヘンな症状が確かにある」という、切迫感や不安感などがあったのか。もともとK病院でPCI(15年前だが)されているわけで、K病院へ紹介状書きますよ?と伝えたら、二つ返事で了解された。

20日後くらいに、K病院から連絡あり。CAGではLAD#7 100%、LCX#13 100%(いずれもステント内狭窄)、さらにRCA#3 90%と高度狭窄を認めた(つまり三枝病変)。LADとLCXへまずPCI実施。新規にステント留置。RCAの狭窄については、後日本人様と相談して、日程調整する。

僕は「よい仕事ができた」と思っていた。あのまま様子を見ていたら、心筋梗塞になるのは必然だったはず。しかし、である。5月の末にNsが本人様に連絡したところ、予想外の「不満の声」が返ってきたのである。いわく「ずっとしんどい言ってたのに、検査もしてくれなかった。ただ薬を出すだけで、大丈夫、大丈夫と言われた。それなのに、急に心筋症だからK病院に行けと言われ、K病院に行ったら心臓の血管が三本詰まってるから、すぐに入院し手術せなあかんと言われた。不信感を持っているので(私の外来には)受診したくない。二年間通ったのに、検査もせんと。なんやったんや。(中略)先生は、ニコニコしてなんぼでも薬出してくれるけど。ちゃんと診てくれんと困る」。

30分以上話され、電話を切られた。ちなみに私には電話の内容を言わんといて下さい、と言われた。僕はカルテをみて「なんでそうなるの?」と首をかしげざるを得なかった。この文章を書くにあたり「他罰性」について触れようかなと予定していた。でも、カルテを精査していくうちに、この方は「他罰性」という括りで分析できる人じゃないと思った。おそらく、上記のNsとの電話のやり取りも「怒りの感情の発露」だったんじゃないか。抑圧された怒りや不信の感情が、Nsに対して噴出したという仮説。もちろん、本人様の言葉は、しっかり正面から受け止める。反省すべきところは反省するけど・・ ただ2023年11月に「心臓の検査は要らない」と明言したのは本人様なのだ。患者さんを責めるつもりは毛頭ない。でも多分この人は、確信犯でなく、本当にそうした「自分の発言、姿勢」を忘却されているのでは、と想像する。ま、形はどうあれ、今回の仕事でこの方の「虚血性心疾患」という怖い病を、破綻するまでに介入できたのだ。僕はちゃんと自分の仕事をした。この患者さんとは、もう対面することもないだろうけど、満足です。総合内科という場は「来るもの拒まず去るもの追わず」なのです。以上、まるちょう診療録から文章こさえました。