5月14日(火)は、僕はT診療所で普通に仕事だった。午後の外来が終わる頃。15時半すぎに、奥さんからのLINEが届いた。Apple Watchでつぎつぎ通知が入る。どうも義父が救急搬送された模様。(下のLINE画像)
義父に関しては、僕はほとんどタッチしていない。奥さんはクタクタだったはずだけど、5月15日以降、朝食や夕食に関しては、しっかり準備してくれた。朝食とか、どこかのモーニングで済ませるよと言っても、彼女は「根性の人」。しっかりいつもの朝食をつくり、僕を仕事へ送り出してくれた。自分の仕事に妥協のない人なのである。ありがとうございます、とても助かりました。
義父はOK病院に入院となり、リハを頑張っておられる。もともと「Ich」の強い方であり、これまで何度も「死の淵」から蘇ってこられた。奥さん(娘)は、その父の「Ich」を、たまに煙たがるのだが。今回も、気力十分、経過としてはまずまずとのこと。奥さんは「その度に私たち周りが振り回される」と言うが・・
5月19日(日)は、K診療所で健診外来。その後、弁当を四つ買って実家へ向かう。僕は内心「またあの尿臭のひどい部屋で食うのかー」などと想像しつつ、実家へ足を踏み入れた。すると「なんということでしょう!」 あの場末感丸だしの「尿臭」は、ほぼほぼ消えていた。兄が14日以降、実家に泊まり込んで、母の介護を集中的にやったようだ。おむつは一日2回交換。排便もまずまずコントロールできていると。だいたい五日に一度ほどで排便できている。それも、ポータブルトイレも使うことなく、兄の介助でトイレで用をたせる。四人で弁当を美味しく食べた。こんなに美味しく食べられるとは思っていなかった。
ある日の奥さんが、介護の現場、連携、関係性について、図解してくれたことがある。今回の義父のケースについては、この介護の関係性がうまく作動した。
兄はワンマンのタイプである。口も悪い。細かな連絡とかもしない。しかし、今回は介護のスペシャリストとして、リスペクトせざるを得なかった。母は6月上旬に施設に入ることになった。老老介護の限界である。母も限界だけど、父も限界だったと思う。それを見据えての兄の介護だった。俺流の介護。
#1 色鉛筆画については、いったん中止
#2 Blogについても投稿数を絞る
最終的に言いたかったこと。超高齢の親を抱えて、芸術でもなかろう。ホント言うと、今年の3月に両親に「今年は色鉛筆画はやらない。芸術展にも出さない」と、一度は宣言した。だって、例のITトラブルで六ヶ月を費やしてしまったから。でも、両親が「いや、それはもったいない。なんとか出展できないか?」と言ってくれたので、5月の初旬まで下絵を描いていた。ただ、こういう状況となっては、絵を描く気分にはならない。いったん中止とし、今年の医家芸術展への出展はなしといたします。そして、Blogもネタを捻り出して毎週書くのも、おかしい。そうじゃくて、重要な近況だとか、「本当に書きたいネタ」があれば書く、というスタンスで行こうと思います。もちろん、仕事がいちばんです。体調に気をつけて、毎日を乗り越えていきたいと思います。よろしくお願い申し上げます🙇🏻♂️ 🙇🏻♂️ 🙇🏻♂️