僕は人付き合いのよいタイプではない。ASDとかAPDとかあるし、会議や飲み会でワイワイやっていても、皆の流れについて行けてないことが多い。そうして、そういう状況は、つまらないと感じてしまう。それに対して、独りでコツコツ継続することは好きです。コツコツ努力して、自分のちょっとした成果や進歩を喜ぶ。こうして文章書くのも、独り。そのような傾向の中で、どうしても「殻に閉じこもる」状況ができてしまう。今回はそんな「不器用な」男の物語です。まずはあらすじから。
冨岡は突然、クビを言い渡された。半世紀以上もジャーナリズムの世界で働いてきた。働くことが大好きなのだ。家庭も築かず、真正直に頑張ってきた。それなりの地位もあるが、むしろ70代になって、出版社側から煙たがれる。「もういいんじゃないですか」と。
冨岡は隠居することにした。庭のある古い家を手に入れて、何年もこの庭を見続けている。本を読み、過ぎし日を懐かしみ、三度の食事を作り、庭の掃除をする。「私はこの景色を見ながら死んでゆくのだろう」 しみじみと想いにふける冨岡。ただ、みの虫をみると、なぜか腹立たしくなってしまう。こんな殻の中に閉じこもって、いったい何が面白いんだろう。
藤田さんという中年女が、富岡宅をちょくちょく訪れる。町内会に頼まれたとか称して、冨岡の生活ぶりを観察し、ちょっと掃除したり、お茶をいれたり。そうして「独りだけど明るい気持ちで生きなきゃね」と励まして帰る。そんな「世話焼き女」を、冨岡はうざったく思う。「放っておいて欲しいのであるーー」
ある日、二人は衝突する。「無礼者! 帰れったら帰れ!」「また来るわよ、絶対!」冨岡は悔し涙を流して、そこにいたみの虫をちぎって捨ててしまう。「みの虫を見ていると腹が立つんだ。殻に閉じこもって・・ 見てるだけでムシャクシャしてくる」「それはあなたのことよ。殻の中に閉じこもっているのは、あなた自身じゃない。違う?」 冨岡は真理を突かれて、ポカンとしてしまう。
ある雪の日。藤田さんが一週間も来ていない。気になった冨岡は、雪道を滑りながら、藤田さんのアパートまで出向く。藤田さんは風邪をひいて寝込んでいた。今度は冨岡が藤田の世話をする番である。独り身の藤田さんも、悪い気はしない。そう、若い頃、寝たきりの母がいて、婚期を逃してしまった。「ボランティアのような仕事をやってるのも、単なるヒマつぶしかもしれない」と自虐も。慰める冨岡。
初春のある日。藤田さんが冨岡宅の縁側で、お茶をいれている。以前、冨岡に施設へ入ることをすすめていた藤田さんだが「大丈夫、私が毎日来てケンカしてあげる。そうすれば、ボケることはないわ」と。初春の庭に小鳥の鳴き声が心地よくひびく。
冨岡の顔が、弘兼憲史の似顔絵に見えて仕方ない(笑)。もしかしたら、弘兼さんは冨岡に自分を見ているのかもしれない。つまり「殻に閉じこもりやすい」という性質ね。藤田さんのような「世話焼き女」というのは、よくいるタイプではある。「殻に閉じこもる男」と「世話焼き女」は、ケンカになりやすいと思う。男は「うるさいなぁ」と顔をしかめるし、女は「なんで私の言ったことを聞かないのよ」と怒る。
論理的でない女でも、その直感は侮れない。鈍そうな女でも、そうして真理に到達しうる。冨岡は藤田さんを見直し、ちょっとずつ距離がちぢまる。ただ、藤田さん宅へ見舞いに行くのは、やりすぎと思うけど。まあ、虚構の世界だからいいよね。実は藤田さんも、わりと寂しい人なのだった。不思議とほっこりするひととき。
世話焼き女というのは、やたらとルールを作って、自閉的な男を取り締まる。男は安穏とした穴蔵でコソコソしていたいのである。女はその男の背中をツンツンとする。これは悪いことだろうか? 女のツンツンは「そればかりしてたら、体に悪いわよ」という、おせっかいなのだ。これは愛なのです。このツンツンでもって、男に啓蒙や変革がもたらされたら、これ幸いなるかな。
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「ノルウェイの森」の中に、同様の状況を描いた箇所がある。小林緑がワタナベくんに渡した短い手紙の中で、こう記されている。でも私はあなたに対してまるきり腹を立ててるというわけではありません。私はただただ淋しいのです。だってあなたは私にいろいろ親切にしてくれたのに私があなたにしてあげられることは何もないみたいだからです。あなたはいつも自分の世界に閉じこもっていて、私がこんこん、ワタナベ君、こんこんとノックしてもちょっと目を上げるだけで、またすぐもとに戻ってしまうみたいです。
こういうのを「男と女のすれ違い」という。ワタナベ君と小林緑の「その後の展開」については、残念ながら記載がない。でも、二人のタイプ的にはうまく行くと思うけどね。だって「愛はいつでもすれ違い」では、辛すぎるじゃないですか。
閑話休題。さいごの藤田さんの言葉。
大丈夫、私が毎日来てケンカしてあげる。
そうすれば、ボケることはないわ。