純粋に「根性を試される」とき(まるちょう診療録より)

ある朝、T診療所に出勤すると、コロナ濃厚接触で医師が一人減っていた。したがって、総合外来は二診体制となる。発熱外来は止めるとのこと。現場にいる者は「今そこにある状況」でもってやっていくしかない。理屈や計算じゃなくて、まさに「根性」です。社会人をやっていると、どうしてもそういう場面に遭遇する。やるしかない。そして、祈る。

実際の外来は、そこそこ忙しい程度だったか。あまりよく覚えていない。たぶん、忙しかったんだと思う。ギリギリでさばいていたところに、直の発熱患者さんがやってきた。発熱外来を止めているが、これは「発熱患者」として対応せざるを得ない。ガウンを着てフェイスガードして、診察場へ。60代の男性で、お孫さんだったか?が発熱していると。本人様ものど痛と咳があり、今朝38℃台の熱が出てきた。ただし、家の抗原検査は陰性。事前に撮影したレ線は問題なし。とりあえず、採血と抗原検査をもう一度しておく。そしてまた、総合外来へもどる。

必死で外来を回していると、例の発熱の患者さんの抗原検査陽性の結果が舞い込んできた。うむ。またガウン着てフェイスガードして発熱外来の診察場へ。DMの持病あり、ラゲブリオを処方するかどうか。本人様は希望された。同意書を書くなど、いろいろ煩わしい。

さて、また総合外来へもどる。最後の一人が80代後半の女性。Oさんという人で、ちょっと変わった方である。いつも多弁で、そんなに病気はないのに、たくさんしゃべって帰らはる。とても情が深くて、身振り手振りも多い。問診をとった若いNsが「何を言っているのかよくわからない、言葉に力がない」のような報告をされていた。

とりあえず、Oさんを呼び入れる。ドアが開いて、Oさんが現れる。その瞬間、僕は「これはマズイ」と思った。いちばん印象に残ったのは、顔面の白さ。いわゆる「生気が失せている」感じかな。とりあえず、腰を入れて話を聴こう。

いつもの感情のこもった多弁さはない。今朝、5時ごろ起きて、いつものように洗濯して干して、掃除して、さつまいも食べた。その後、急にしんどくなった。それだけ言うと、診察の机に突っ伏された。よっぽどしんどいんだろう。いつもは診療所まで普通に歩いてくるのに、今日はよぼよぼとしか歩けなかったと。

以上の問診の中で、一番のキモは「急にしんどくなった」という箇所。これは血管性の病変(脳卒中、心筋梗塞、肺塞栓など)を示唆している。特に高齢者や糖尿の患者さんは、痛みがないことが割とある。症状が鈍い感じで現れるというかね。そして超高齢者の方は、自分の症状を的確に把握できないことが、ままある。つまり自分自身がパニクっていて、説明できない。それが「しんどい」という一言に集約されている。

Oさんを観察していると、四肢の麻痺はないようだ。ちゃんと歩けるし。つまり、脳卒中は除外できると思った。そうなると、とりあえずECGと胸部レ線をオーダー。しばらくして検査の方がECGを持ってこられた。V123でST上昇、異常Q、陰性T ☞ 前壁中隔STEMIの診断で。相当な脱水もあると思われ、即時AMIセット実施。

MK病院へ転送。久々のQQ車同乗。Oさんは、点滴とNTG舌下が効いたのか、しんどさはほぼ消失。当初の「顔面蒼白」はなくなっていた。MKさんに渡して、タクシーでT診療所に戻ってくる。その時刻、2時25分。2時30分から午後の慢性疾患外来である。僕は緊急時に備えて、カロリーメイト四本を常備している。それを一気喰いしてミルクコーヒーで流し込み、2時40分から外来を開始したのでした。

Oさんに関して。トリアージはうまく機能しなかった。普段のOさんの様子を知らないと、やっぱり今回の「重症感」は分からないだろう。Oさんも辛抱強い人だ。苦しいのに、待合で一時間くらいずっと待った。今思うと、非常に危険な一時間だったけど、Oさんはラッキーだった。そうそう、胸部症状もまったくなかったしね。いや、このトリアージは、超高難度ですよ。結果よければ、すべてよし。

その日は疲れすぎて、夕食を食べて二時間くらい泥のように寝た。その後、お約束の躁転がやってきて、まったく眠れなくなった。リチウムにデパケン2錠→4錠→3錠と飲んだけど、まったく効かない。震えながら翌日の勤務をなんとかこなした。このように、社会人という種族は、純粋に「根性を試される」ことがあります。いやなリスク・マネジメントですが、こういう修羅場をいくつ経験したか、というのもヒエラルキーの上に行くには必要です。まあ、僕はヒエラルキーの底辺でゴソゴソしているだけの医師ですが。明日もハナマルキーの味噌汁のんで、出勤しよ。訳がわからなくなりましたが、まるちょう診療録より語りました。