「ねじまき鳥クロニクル/村上春樹 作」を読んで(2)

今回は#2の「間宮中尉という生き方を考える」というお題で語ってみる。僕はこの間宮中尉が大好きです。もし将来、なんらかの暴力で深い傷を負ったなら、彼のように生きたい。Wikiより簡単な人物像を。

広島県出身。ノモンハン事件より少し前の小規模な作戦で本田伍長と出会い、運命的な体験をする。当時は兵要地誌班に所属。従軍で左腕を失う。戦後、シベリアに抑留される。帰国後、教職に就き定年を迎える。現在は簡単な農業などを営むが、本田さんからの遺書を受けとり「僕」のもとへ形見分けに訪れる。

終戦時の回想の中で、間宮中尉が語る、恐るべき真実。
二人目のサイコパスは通称「皮剥ぎボリス」と呼ばれるNKGBの少佐。毒蛇のように狡猾で、極めて用心深い、残忍な男。シベリア抑留時、間宮中尉は「生きたくて生きているのではない」と漏らしている。いろいろ紆余曲折があり、間宮中尉はボリスの秘書になる。そのとき彼の頭の中には「ボリスを暗殺する」という密かなプランがあった。それはある意味で、そのときの彼の生きがいだったかもしれない。

虎視眈眈とチャンスをうかがう間宮中尉。初春のある夜、そのチャンスは巡ってきた。彼はボリスのワルサーPPKを抜き取り、安全装置を外し、銃を脚のあいだにはさんで、右手で遊底を手前にスライドさせて弾丸を薬室に送り込む。そうして銃口をボリスの顔に向ける。

ボリスは首を振ってため息をつきました。「君には気の毒だが、その銃には弾丸は入っていない」彼は万年筆にキャップをかぶせてからそう言いました。「装塡されているかどうかは重さでわかる。上下に軽く振ってみるといい。7・65ミリの弾丸は八発で約80グラムの自重がある」

間宮中尉は、お構いなくボリスの額めがけて引き金を引く。しかしやはり、弾丸は入っていない。銃を下ろし、唇をかむ間宮中尉。ボリスは前もって弾丸をすべて抜いていたのだ。すべては茶番だったのだ。

「君が私を殺したがっていることは前からわかっていた」とボリスは静かに言いました。「しかしまあいいさ。どう転んでも君には所詮私を殺すことはできないのだから」それからボリスは手のひらの中の弾丸から二個をとって私の足元に放りなげました。二個の弾丸はばらばらと私の足元に転がりました。「それは実弾だよ」と彼は言いました。

震えながら二発の弾丸を装填する間宮中尉。指の震えを殺してから、ボリスの眉間を目掛けて引き金をひく。大きな銃声がとどろくが、弾丸はボリスの耳の脇をかすめるようにして、壁にめり込んだ。あぜんとする間宮中尉。もう一度、撃鉄を起こし、狙いを定める。大きく息を吸いこむ。この男を殺すことによって、私の生きてきた意味も出てくるのだ。

私は右手でワルサーを握り、まっすぐ突き出し、彼の見透かしたような冷ややかな微笑みの真ん中を狙って冷静に引き金を絞りました。私は手の中で反動をしっかりと殺しました。完璧な一発でした。しかし弾丸はやはり彼の頭をぎりぎりにかすめて、後ろにあった置時計を粉々に砕いただけでした。ボリスは眉ひとつ動かしませんでした。

そうして、ボリスは間宮中尉を殺さない、日本に帰す。次のような「呪いの言葉」を添えて。個人的には、銃殺よりもひどい「暴力」だったと思う。

君の射撃がまずかったわけではない。ただ単に君には私を殺すことはできないんだ。君にはそんな資格はないのだよ。だからこそ君はチャンスを逃したんだ。気の毒だが君は私の呪いを抱えて故郷に戻ることになる。いいかい、君はどこにいても幸福にはなれない。君はこの先人を愛することもなく、人に愛されることもない。それが私の呪いだ。

間宮中尉は、だから「完膚なきまでに負けた人」なのです。あの悪魔のようなボリスにより、抜け殻となり、呪われた運命を背負わされた人なのです。しかし彼は現在、70代半ば。だから、戦後50年くらいは生きてきたという事実がある。この「50年」という歳月を頭の中で咀嚼したとき、僕は気が遠くなってしまう。

社会科の教師を定年退職して、ボチボチ農作業をして暮らす。もちろん左腕は義手なんだけど、この老人は、何を生きる推進力として日々生きてきたのだろうか? 皮剥ぎボリスへの反発心? いや、違う。そんな浅いものなら、すでに自殺しているはず。僕は想像する。間宮中尉の心の中にある「超越したなにか」を。勝ちも負けもない、暴力からはとても遠い、自足的ななにか。

それは第一に忍耐であり、いかなる時も自分を見失わない一貫性であり、ささやかな日々の生活に対する愛情。戦時に阿鼻叫喚の地獄を経験したからこそ分かる、平凡ということの重み。僕はそうした間宮中尉の中核にあるものを、賛美します。暴力を正当化する人たちがいる限り、世界平和は不可能である。ただ、間宮中尉の心性があれば「個人的で内的な平和」は、もたらされるであろう。以上「ねじまき鳥クロニクル」をネタに語ってみました。