近況・・恐縮しつつも、尊敬してしまった瞬間

「麻子仁丸」という漢方薬がある。ざっくり言うと、高齢者の乾燥便(コロコロ便)を治療する薬。高齢になるほど大腸の動きは停滞しがちで、コロコロ便となりやすい。大黄という漢方成分が、大腸の運動を「明確に」うながす。下痢になってしまうこともあるので、そのときは調節して処方する。

最近、A社から「グーフィス」という下剤を紹介された。これは錠剤である。上記の「麻子仁丸」の最大の弱点は、漢方薬独特の飲みにくさです。粉で苦い。ある種の老人は、この「飲みにくさ」を嫌がる。なので、グーフィスをしばらく使ってみたが、やはり麻子仁丸の「明確さ」には及ばないと思った。というか、多くのしつこい便秘で悩む老人は、この「明確さ」を求めているのだ。「うっとうしい便秘よりも、少しくらい下痢の方がいい」というわけ。

枕詞が長くなりました。ある日、70代女性が「一週間便が出ない、しんどい」という訴えで僕の外来を受診された。診察にて、イレウスではなく普通に便秘と判断。処置室にて浣腸を指示。さてさて、両手いっぱいの便が出ました。その女性からは、たいそう感謝された。「あー、スッキリしました」とはればれとした表情。あらためてカルテを見ると、腎臓内科のK先生の外来にいつも通っておられる。K先生は、かつてC病院の院長を務められた重鎮である。僕のような青二才(笑)には、恐れ多い先生なのです。ただ、高齢の便秘については、迷宮に入っておられた。マグミット、大建中湯、アミティーザなどを処方されていたが、患者さんの満足は得られていなかった。


循環器科とか腎臓内科、あるいは精神科とかで、便秘だけが純粋に困って、うちの科を受診されることがたまにある。そういうときは、たいてい上記の麻子仁丸や桃核承気湯(いずれも大黄入り)を処方すると、解決する。やはり「漢方薬」という、ある種の方向転換がいるので、迷宮に入ってしまうことがあるのだ。上記の70代女性に麻子仁丸7.5g分三(フルドーズ)で出してみた。三週後、はればれとした表情で外来を受診された。「信じられないくらい出る。感謝します」とのこと。大黄は宿便を出す働きがあると思っている。あ、言い忘れたけど、僕自身が桃核承気湯のユーザーです。だから、大黄の細かいニュアンスまで分かるのです。その女性はやや遠方にお住まいで、できれば腎臓内科のK先生から、まとめて出して欲しい。なので、K先生に今回の麻子仁丸の件について、簡単なお手紙をカルテに記載した。

こうした「進言」を、大先輩の重鎮であるK先生はどう思われるだろう? 他科にこうしたお手紙を書くときは、だいたい低姿勢である。K先生なんかはもうね、「三歩下がって師の影を踏まず」みたいな感じですよ。ほんとに失礼にならないようにお手紙書いた。これって要するに「あなたの治療は間違ってたんですよ」という手紙ですからね、人によっては機嫌を損ねるわけです。

さてさて、それから一ヶ月後くらいだっただろうか。夕方、T診療所での勤務を終えて、太子道通りを歩いていた。ふと道路の向こう側に人影がみえる。よくみると、例の重鎮たるK先生だった。僕はあの70代の女性のことはピンときて、大きく会釈した。K先生は大きな身振りで「あれ、ありがとう!」と率直にお礼を述べられた。僕は恐縮してまた大きく会釈した。「いえ!とんでもないです!」K先生の表情に、一切の陰りとか拗ねとか、なかった。そこには「ひとりの患者さんを救えた」という純粋な喜びがあふれていた。

一瞬の出来事だったけど、K先生の「大きさ」を感じずにはいられなかった。あれだけ患者さんに関して純粋になれるというのが、素晴らしいと思った。「手柄」とか、そういう小さいことは、一切抜きなのである。患者さんの幸福がいちばん。「いやー、すごい」ちょっと口に出して、清々しい気持ちで円町駅へ向かったのでした。