「Both Sides, Now/Joni Mitchell」をもう一度訳しておきます

2014年7月26日のBlogに、大森一樹がらみでこの唄を取り上げた。3a481e75-s「法医学教室の長い一日」というテレビドラマの最後に流れていた、この唄。これ、懐かしいんだよな~。何といっても、僕がK医科大学に入学した年である。「サクラサクの時期」だった。今から七年前にこの唄を和訳した。「よく理解できないところ」が多々あったのだが、目をつぶって勢いで訳した。

最近になって、Obaqさんという方から、コメント欄でいくつか指摘され、ジョニ・ミッチェルの世界観からいかに遠かったかを思い知らされたのです。まあ、大意は合ってる。でも、細部がぜんぜんダメ。ほんま赤面ものです。もうちょっと調べてから、作業するんだったと後悔しています。後悔? いや、初めから訳し直そうよ!というわけです。この楽曲に関する「熱」は、みなさんにはもうないと思う。ある意味、自己満足のBlogです。よろしくお願いします。ジョニ・ミッチェルの想いに少しでも寄り添えたら、と思います。動画を載っけておきます。若き頃のジョニ。


Rows and flows of angel hair

And ice cream castles in the air

And feather canyons everywhere,

I’ve looked at clouds that way.

いくえにも流れる天使の髪

アイスクリームのお城がほんわかと

あちこちにそびえる羽毛の峡谷

わたしは雲をずっとそんなもんだと思っていた

But now they only block the sun,

They rain and snow on everyone

So many things I would have done,

But clouds got in my way.

でも今や、雲は陽光をさえぎるだけ

いたるところに雨や雪を降らせる

あれこれもがいたけどダメ

雲はわたしの足を引っ張ってばかり

I’ve looked at clouds from both sides now

From up and down and still somehow

It’s cloud’s illusions I recall

I really don’t know clouds at all

雲にはふたつの側面があると分かったの

上から見たり、下から見たり、そんなの

雲が作り出す幻想を思い出さずにはいられない

わたしは雲のことを、本当には分からない

Moons and Junes and Ferris wheels,

The dizzy dancing way that you feel

As every fairy tale comes real,

I’ve looked at love that way.

月夜とか六月とか観覧車とか

ときめくようなダンスって、あるでしょ

すてきな恋バナが本当のものとなるたびに

わたしは恋愛を「ときめき」と思っていた

But now it’s just another show,

You leave ’em laughing when you go

And if you care, don’t let them know,

Don’t give yourself away.

でも今や、そんなの全然ありえない

恋愛が終わったときに聞こえる「嗤い声」

好きなだけ嗤わせておきなさい

気になっても、本心を悟られないように

I’ve looked at love from both sides now

From give and take and still somehow

It’s love’s illusions I recall

I really don’t know love at all

結局、恋愛ってふたつの側面があるのね

そろばんずくだったりとか

恋愛がつくり出す幻想を思い出さずにはいられない

わたしは恋愛のことを、本当には分からない

Tears and fears and feeling proud,

To say “I love you” right out loud

Dreams and schemes and circus crowds,

I’ve looked at life that way.

「あなたを愛してる」って声高に言うとき

涙がでたり、怖かったり、誇らしげだったりする

すてきな夢やわるい企み

そしてその周りに群がって面白がる群衆

人生なんて、そんなもんだと思っていた

Oh but now old friends they’re acting strange,

They shake their heads, they say I’ve changed

Well something’s lost, but something’s gained

In living every day.

かつてのロマンティックな仲間たち!

なんかあやしげだけど・・

そうじゃないんだ、と首を横に振ってる

わたしは「ひと皮むけた」んだって

そう、失ったものもあれば、得たものもある

毎日生きてるうちに

I’ve looked at life from both sides now

From win and lose and still somehow

It’s life’s illusions I recall

I really don’t know life at all

人生にはふたつの側面があるのよ

勝利と敗北、もっと別なものかも

人生がつくり出す幻想を思い出さずにはいられない

わたしは人生のことを、本当には分からない

I’ve looked at life from both sides now

From up and down, and still somehow

It’s life’s illusions I recall

I really don’t know life at all

人生にはふたつの側面があるんだわ

上から見たり、下から見たり、そんなの

人生がつくり出す幻想を思い出さずにはいられない

わたしは人生のことを、本当には分からない

この唄のいちばん言いたいこととは? 物事(雲、恋愛、人生)には表と裏がある。あるいは光と影。自分が未熟なときは(表=光)しか見えない。しかしどんな人間も、いつしか雲や恋愛、そして人生のつくりだす幻影を感じることとなる。冷淡で重く、皮肉な世界。こんなはずじゃなかった。でもこれが現実、みたいな(裏=影)。

「月夜とか六月とか観覧車(Moons and Junes and Ferris wheels)」というのは、七年前は何のことか分からなかった。今回、Obaqさんのアドバイスで、よく理解できました。このみっつのアイテムは(表=光)を彩る小道具なわけです。初夏の月夜で観覧車、となれば、かなりイチャイチャできそうな雰囲気ですよね。その後に出てくる三人称複数(they,them)は、この三点セットを指している。たぶん、old friendsもそうだと思う。恋愛が終わったときに、自分を祝福していた「三点セット」が、掌を返したように嗤い出すというのが、まさに「光から影への転移」である。

ジョニは「本当には分からない」という。実に謙虚な方だと思う。確かに、それが実感ですよね。愛や人生は、雲のように「掴めない」シロモノである。多面的でつかみどころのないシロモノについて、痛い目にあっている僕なんかは、この歌詞に大いにうなずくのであります。ホント、分からない。むりに分かろうとするのも、変だし。以上、大変長くなりましたが「Both Sides, Now」を再び訳してみました。