「守ってあげたい」と思わせる人(まるちょう診療録より)

いろんな患者さんがいる。ほとんどの人は「ふつうの関係性」だけど、中には「あ、また来はった(汗)」みたいな面倒くさい患者さん。その一方で、放っておけない、なぜか気になる患者さんもいらっしゃる。医者はすべての患者さんを公平に扱うべきだけど、どうしてもそうした「心の中での格差」はあるのね。それは親が子供たちを「究極的には」公平に愛せないという現実に似ている。

80代後半の女性。左乳がん術後で10年くらい前に乳腺外科より、血圧のコントロール依頼で当科へ紹介された。このTさんは個人的には対人過敏性の強い人だと思っていた。当科を受診されるたびに、血圧が200を超える。ひどいときは230とか。要するに白衣高血圧なんだけど、その程度が極端なのだ。降圧剤は試行錯誤して、ようやくCa blockerとARB、そしてβブロッカーの併用に落ち着いた。このTさんの場合、βブロッカーがキモで、緊張しやすい傾向を補正してくれる意味がある。

この定期薬が決まってからも、受診毎に血圧は上がった。ひどい時は、ニフェジピンLで血圧を落として帰宅していただく。Tさんの受診態度は、とても奥ゆかしい、微笑ましいもので「愛嬌のあるお婆さんだなぁ」と、いつも癒されていた。ま、ひとことで言うと「可愛らしいお婆さん」ということになるか。しかし、そのTさんが、昨年12月ごろから来院されなくなった。


僕はそのお婆さんが顔を見せないことに気付いていなかった。まあ、たくさんの患者さんを診るので仕方ないと言えばそれまでだけど、もう少し気を配るべきだったか。今月に入ってから、ひょっこりと受診された。姪っ子さんが同伴である。薬はもちろん一年間なしである。その間の血圧は、ひどかったかもしれない。主訴は体重減少。8kg減ったとのこと。食欲もない。少し便秘あり。こりゃ、もちろん消化器系の悪性疾患をまず疑うでしょう。とりあえず、採血と心電図、胸腹部CTを撮って、待つのはしんどそうなので、翌日姪っ子さんだけ受診で説明することにした。この時のTさんは、いつもの柔和さがなく、かなりしんどいんだろうな、、と想像していた。

さて、その日の外来が終わり、コンビニで昼飯を買って診療所の階段を上がっていく途中。 全館放送がなって、外来に呼び出された。待っていたのはM看護師。「パニック値です!」ええ?誰やの? TさんのBNPが2388という高値。マジか。ひととおり、検査結果をチェックしてみる。消化器系の悪性疾患というよりは、重症の心不全/心房細動。これはしんどい。歩いたり、寝るのもしんどかったはず。あのお婆ちゃん、我慢強いねん。すぐに紹介状を書いて、C病院へ入院してもらった。M看護師の奮闘も大いに称賛されるべし。姪っ子さんの携帯の電話番号を探り出す方法なんか、唸ってしまった。もともとTさんは独り暮らしである。あのままだと、おそらく突然死で終わっていただろう。入院して、なんとか安全域にたどり着いたわけです。

Tさんの心臓は、もともと高血圧性心疾患があったと思っている。そこに一年間の投薬休止がこたえた。洞調律から心房細動へ、次第にポンプ失調になったと考えている。入院後のTさんは、以前の柔和さを取り戻しているようだ。ご飯もよく食べている。客観的にみれば、90歳近いTさんの予備能は少ないと思う。予後はよくないだろう。しかし、せめて穏やかに逝ってほしい。そのための医療であり、介護サポートなはず。善い人は、どうしても気になる。Tさんは、そんなお婆さんです。