まさかの?(まるちょう診療録より)

手を尽くして診療した結果、思わぬ結果となる場合がある。50代の男性で、独身者。役所勤めでハードワーカー。僕の外来には、高血圧と心房細動、慢性腎臓病で通院されている。このAさんの高血圧は難治性で、腎臓内科にコンサルトして減塩を徹底したら降圧剤を減らすことができた。インテリジェンスは高く、コンプライアンスも良好だけど、生活習慣がきつすぎるというタイプです。

このAさんが、9月の上旬に腹痛で予約外受診された。腹痛の程度が半端ない。処置室へ向かうと、普段はおとなしいAさんが、もんどり打っていた。そう、不穏になるほどの腹痛です。とりあえず、腹部の診察。圧痛があるはずと思ったが、明らかなものなし。腸雑音は減弱していると思った。打診は鼓音などなし。腰部CVA叩打痛なし。

この診察で「あれ?おかしい」となる。看護師が事前に尿検査をしていたが、尿路結石の可能性は低いと思った。その日は、手のかかる患者さんが多く、バタバタ忙しかった。Aさんを悩ませる腹痛の原因について、想像力が働かないまま、とりあえず、採血と腹部CTとソセゴン筋注をオーダー。


腹痛というのは、けっこう厄介である。忙しい中で、頭を働かせる。そうだ! このAさんは、心房細動だけど50代ということで、抗凝固療法はまだしていない。腸間膜動脈塞栓症の可能性は考えるべきだよな。この疾患はクリティカルで、腸管虚血が進むと致命的になる。すかさず、採血にDダイマーを加える。そして、最終的には他院で造影CTは実施すべきか(当院では単純しかできない)。

その日は、やたらめまいの患者さんが多かった。診察室まで来れない人が多く、処置室までの往復が多くなる。よく言えば、運動量の多い外来。そんなバタバタの中、そやそや、Aさんどうなったやろ? 腹部単純CTはできあがっている。特記すべき所見ないと思う。腸管もたいした所見ない。採血も、問題ない。CRPやWBC、そしてDダイマーがどうかと思っていたが、すべて正常値。うーむ、、

ベッドサイドに向かう。Aさんは、来院時に比べてはるかに落ち着いた表情になっていた。腹痛は10→2くらい。ゼロにはなっていない。違和感が残る。僕はそれを聞いて「今日はいったん帰りましょうか」と提案した。しかしAさんは「また腹痛が再発したら、どうしましょう?」と不安げである。そこでうーん、となる。Aさんを不安がらせているのは「違和感」である。確かに、腸間膜動脈塞栓症が解除されたら、腹痛はゼロになるはず。Aさんに「造影CTを受けてみますか?」と再び提案。快く了承された。

まあ、空振りになるだろうな。そう思いつつ、C病院へ紹介状を書く。混んでいる中で文章を書いたので、焦る。とりあえず、C病院へ向かってもらった。その後は、忙殺。Aさんのことなど、どっちゃでもいいや。チカレタビーで、その日終了。

翌日、外来の合間にAさんのカルテを開いて、C病院での診療の模様をチェックする。向こうの担当Drは、Aさんの腎機能に不安をいだき、造影CTの中止を検討していた。しかし、である。そこでまたAさんは、踏みとどまる。担当Drに食い下がって、造影CTは実施された。結果は?「上腸間膜動脈解離(SMAD)」でした。  なんと!

SMADはまれな疾患だけど、腸管虚血や動脈破裂などが起こると致命的になりうる疾患である。C病院ではバックアップ体制が取れないとの判断で、K病院へ転送となる。即日にSMAに対してステント留置が施された。Aさんは、安全地帯へようやく入ったのだ。患者さんの直感というのは、無下に棄ててはいけない。医療者はいつも肝に命ずるべきだと思う。医療者は、空振りを惜しんではいけない。十にひとつの危険があるなら、やはりちゃんと除外しておくべきだと、骨身にしみた症例でした。