心不全のようで心不全でない?べんべん(まるちょう診療録より)

なんかビミョーな気分になった症例。総合内科でいちばん必要な能力は、ずばり「嗅覚」だと思っています。もちろん知識は必要。でも全ての検査ができない「総合内科という空間」で、どこまでイマジネーションを膨らませるか。あるいは患者さんが内包するリスクに、どこまで気づけるか。そして、リスクがありそうだと判断したとき、いかにうまく次のDr(専門医)につなげられるか。

60代の男性。主訴は身体のしんどさ、体重減少(5kgとか)、動くと息が上がる、食欲が減っているなど。胸部聴診で、心音が不整あり。レントゲン、心電図、SPO2チェック。基礎疾患として、高血圧をお持ちである。喫煙もあり。診察の時点でてっきり「心房細動からの心不全(お決まりの)」とタカをくくっていた。ただ、今考えると「体重減少」が合わないんだけど。


検査が返ってくる。レ線はCTR拡大と胸水貯留を予想していたが、まったく所見なし。ここで「あれ?」となる。SPO2は正常域。そして心電図がややビックリ。心房細動ではなく、心室性期外収縮(PVC)の頻発なのね。心拍に不整のある場合は「3分間心電図」というのも取ります。そこでPVC の三連発を発見。しかも波形の異なる「多源性」である。思わず「うっ」となった。これは帰せない可能性がある。

なんでこんな危険な不整脈がでているのか? 原因がわからん。患者さんも不安そう。時間がかかるけど、採血しましょうか。C病院に渡すとしても、ちょっと現段階では情報不足。さて50分くらい待って、採血の結果があがる。トロポニンIは正常値。BNPが180台。CRP5程度。小球性の貧血が軽度あり。これをどう評価するか? 軽度の心不全はある。それは症状からも明らか。でも、心筋梗塞ではない。そして謎めいた貧血と炎症反応陽性。

件のPVCと心不全は、確かにリンクする。心不全がベースにあるPVC連発は、非常にあぶない。最悪、心停止もありうる。貧血とCRP陽性は、ここは二元論をとろうとあきらめた。消化管の悪性腫瘍なら、この現象は説明できる。つまり、心臓と消化管で別の病気が進行しているという仮説。ただ、消化管は急がない。この症例で大事なのは、紛れもなく心臓です。帰宅して突然死されたら、目も当てられない。

「不整脈が怖いので、精密検査と経過を見るために入院しましょう」と伝えた。本人様にとっては、晴天の霹靂。「会社がありますし、急にそう言われても・・」となる。入院の説得は、総合内科医の大切な役割。手をかえ品をかえて入院の必要性を説明する。この方は、その日のラストだったので、時間はゆっくり使える。ゆうに30分は経過しただろうか。ようやく「入院か~」とあきらめの状態となる。そりゃ、心臓止まったら、会社どころじゃないっすよ。社長さんにも連絡がつき、すぐにC病院転送となった。

三日後にC病院のカルテを開けると、えらいことになっていた。転送当日のQQ外来では、残念なことに心エコーは実施されなかった。胸腹部CTと心電図モニターなど? おいおい、こちらは心不全疑い/PVC三連発として紹介状書いてんねんけど? なんで心臓にロックオンしない? 転送翌日の日曜日、循環器のT先生がしっかりとカルテを書いておられた。新しい事実として、38度台の発熱と拡張期の心雑音。非常に的確な評価と指示をされていた。こういう素晴らしい仕事は、敬服しちゃうね。そこで初めて心エコーのオーダーが発生。そのさらに翌日の朝に心エコーという塩梅になった。

そうして心エコーで、技師さんはびっくらこいただろう。大動脈弁に5×10mmの疣贅らしき構造物を認めた。血培から2/2セットでグラム陽性球菌を検出。→感染性心内膜炎でOK。抗菌剤点滴が開始された。現時点では、外科的よりは保存的に経過をみるようだ。あ、そうそう。小球性の貧血については、てっきり鉄欠乏性を考えていたが、フェリチン高値であり、どうも亜急性~慢性の炎症からの貧血だった。つまり、一元的に説明できる。

最後に。総合内科医が専門医にコンサルトするとき、ややオーバーめでいいと思っている。専門医が紹介された患者さんを診て「なんじゃこら、別にどうもないやん。なに騒いでんの?」となっても、僕はぜんぜん構わない。だって僕が恥をかくだけだから。それで患者さんが助かるなら、お安いものだ。それこそが総合内科医の誠意だろうと思っています。以上、診断の難しかった感染性心内膜炎の症例について、語りました。