うっかり八兵衛で誤診しちゃったよ!(まるちょう診療録より)

最近の失敗例をご紹介します。大事には至らなかったので、ご安心を。80代後半の女性。たしか娘さんが同伴されていたと思う。9月下旬に受診されたのだが、9月に入ってから、なにかしんどい。何もやる気がしない。食事は大丈夫。夜も眠れる。家事はいちおうしている。趣味もできる。体重は減っているかも。

診察すると、事前に測定された脈拍が100と速いのが気になる。甲状腺はNP、圧痛なし。胸部聴診はNP。眼瞼結膜に貧血認めず。老年期の「なにかしんどい」というのはけっこうな難物であって、内科医としては、器質的疾患を見逃さないことが一番に求められる。その一方で「うつ病」であるケースもままある。ただ、この方は「家事ができて、趣味もいちおう楽しめる」ことから、うつは可能性が低いと思った。唯一、身体的所見で有意なのは比較的頻脈なことだろうか。とりあえず、採血と胸部レ線、心電図をチェック。


心電図は特記すべきことなし。HRも81と、正常範囲になっている。採血。WBCは正常域、Hb10.5、CRP5.41、TSH1.32、LDH264など。炎症反応陽性であり、器質的疾患であることは確定。甲状腺はNP。炎症は、どこの炎症なのか? 胸部レ線。右の下肺野がなにかおかしい気がする。直感的に「ヘンやな?」という感じ。こういう時は、以前のレ線を探すのが定石。すると、10年くらい前の胸部レ線がでてきた。やはり右の下肺野がヘン。今回のやつは、網状影があるように見えるし、右の横隔膜もやや挙上しているような?

この時、すでに昼の1時は過ぎていたように思う。とりあえず、胸部CTは要るだろう。右横隔膜挙上もあるので、上腹部も含めるか・・ 私自身がやや疲労があり、注意力が落ちている。CT撮影の間に、トイレ小を済ませておく。さて、CT画像が仕上がった。右の下肺野に散布性の浸潤影、中葉にコンソリデーション? 採血も併せて考えると非定型肺炎や肺結核など? でもこの老婦人は咳も痰もない。疲労の濃い脳みそで考えるも、いい結論がでてこない。悩んだ挙げ句、適当な抗菌剤を処方して、六日後に再診とした。経過がよくなければ、呼吸器科コンサルトするつもりだった。

六日後、その老婦人と娘さんは当院を受診されなかった。事務からの通知によると、C病院に入院されていると。「えっ」となってカルテを参照すると、どうも例の抗菌剤を服用してから気分不良がでて、C病院のQQを受診したらしい。QQでの採血で、Dダイマーが36.1と超高値。下肢静脈エコーにて血栓認める。そうして肺血栓塞栓症の可能性が高まる。造影CTにて予想通り、右肺動脈末梢に血栓を指摘。また、膵尾部に腫瘤性病変あり、肝臓にも多発LDAあり。肝臓の陰影はかなり大きいのもあり、一目瞭然。つまり、膵尾部癌の多発肝転移。ここまでの結論が、QQでの迅速でインテンシブな診療で明らかになっていた。

そこで、自分の診療のお粗末さに気づく。私はCTを撮影したが、上腹部も撮影したのだった。そこには、ちゃんと肝の多発LDAと膵尾部の腫瘤を指摘することができた。まあ、ここから肺血栓塞栓症まで持ってくるのは難しいとしても「PK ☞ 肝転移 にて、入院精査しましょう」という流れには持って行けたと思う。抗菌剤処方という、的外れな対応にはならなかったはず。独り言で「あっちゃ~」となった。

言うまでもなく、右下肺野の浸潤影や網状影、右横隔膜挙上は、右肺動脈の血栓による虚血に伴う炎症や無気肺だったと思われる。入院後は抗凝固療法が施され、そのまま緩和へと向かわれた。11月下旬に永眠された。合掌。今回の誤診は、大勢には影響しなかったが、自分のオーダーした検査をちゃんと把握できていなかったことに、愕然とした。言い訳になりますが、お年寄りの「なにかしんどい」という訴えは、難しい。脈が100と速かったのも、後になって考えると肺血栓塞栓症による症状と考えてよかったと思います。自戒の症例として、肝に銘じたいと思います。