腹痛、嘔吐、下痢をくりかえす55歳女性

久々に、まるちょうの診療録Blogやってみます。聞いたことのない症状だったので、えらく戸惑ったのを覚えています。初診が6月16日。このときは若手の先生が診られた。訴えとしては「昨夜23時半の寝る前に、お腹の中心くらいに痛みあり、トイレで気張っているときに三回嘔吐した。その後、軟便~水様の下痢があり、排便により痛みはおさまる」 約一時間くらいのエピソード。血便は伴わない。悪寒なし。

さらによく聴くと、同様のエピソードが、これまで二回ある。6月4日と8日。痛みは左のこともあり、全体に痛いこともあった。

ここ二週間以内で、生もの食べていない。刺身、鶏刺しなど食べていない。

既往は、虫垂炎術後。 内服とくになし。

身体所見では、左側腹部に軽い圧痛あり。

初診で、この若い先生はレ線をチェックしている。小腸ガス認めるも、ほぼ正常範囲内。癒着性イレウスなど疑い、整腸剤を処方。感染症の可能性は低いだろうとの記載。


それから三日後に、私の外来を受診された。いわく「昨日もまったく同じエピソードあり、二時間は苦しんだ。差し込むような痛み。たまに肺がぎゅーっと締めつけられる感じもする」 うーん。

問診を追加。喫煙歴は?なし。熱は確かにない。持病もない。生理不順はあり。ピル服用なし。

身体所見は、やはり左下腹部に圧痛があるようだ。しかしごく軽度。

検査を追加。心電図、採血、腹部CT。心電図は異常なし。採血は炎症反応が軽度陽性。白血球やDダイマーは正常。そしてCTは、粗大な病変なし。腸管も問題ないように思えた。

ストレスや寝不足はある。過敏性腸症候群の可能性を考えるも、炎症反応陽性が合わない。

これで袋小路に入ってしまった。私は感染症も捨ててはいけないような気がした。こういう「結論が出ない」症例は、ボクシングでいう「クリンチワーク」をするのが、私の常套手段である。要するに、時間稼ぎね。いわく「こうした場合に一番こまるのは、大腸癌です。だから便潜血をしておきましょう。一週間後に便の検体を持ってきて下さい。そしてそのときに、CTの正式所見も説明します」

正直いって、この時点で大腸癌はあまり考えていなかった。もっと稀少疾患(感染症)の可能性を考えていた。ただ、臨床の王道として「最悪の場合を想定して診断をすすめる」というのがある。上記のクリンチワークは、まさにそれに沿ったやり方です。

一週間あるとはいえ、どこをどう調べたらいいのか? 間欠的に腹痛、嘔吐、下痢をきたす感染症? 聞いたことがない。正直いって「荷が重い」と感じていた。翌日、ふとCTの正式所見を開けてみた。CTには、放射線科の医師がコメントを付けることになっている。O先生が、ずばり「S状結腸の入り口に壁肥厚を認めます。結腸癌の除外をしてください」と記載されていた。それをみた瞬間「ええ?」となった。専門家からみると、そうなるのか~ モニターをみながら、何度もうなずいた。S状結腸癌で狭窄があるとすれば、この患者さんの症状は、すべて説明がつく。おそらく、この患者さんは食いしん坊なのね。ある程度の大きさの便塊が狭窄部でひっかかると、痛みが起こり、嘔吐反射が起こる。そして通過しても軟便~下痢となる。そうか、なるほど。おもむろに光明がみえてきた。O先生、ありがとう。

一週後の便潜血は、予想通り二回とも強陽性。その流れで大腸内視鏡検査へ。O先生の予言通り、S状結腸の入り口に半周にわたり2型進行癌を認める。相当に狭窄があると思われた。生検にても、Group Ⅴ。外科紹介となった。転移は認めず、おそらく治癒切除となるだろう。本症例は患者さんが小食だったら、もっと診断が遅れた可能性があると思う。実際、食事量を制限した後は、ほとんど症状はでなかった。なにが幸いするか、ホントに分からないと思った次第です。