総合内科医は「カン」が勝負!(その弐)

<症例2>85歳 女性 主訴「急にADLが落ちた」 独居

3月27日受診。なんというか異様な症例だった。診察室に入ってこられたのは、車いすに座ったお婆さん。驚いたことに、付き添いはない。その代わり、一葉のメモがある。どうもケアマネさんが書いたらしい。それによると、3月24日を境にして、ADL(日常の活動性)が落ちたという。歩行が不安定だし、発語も弱々しくなったと。自分の名前や住所が言えなくなったと。そうした細々としたことが、手書きでさささーと書かれていた。

目の前には、ぼんやりとしたお婆さんが一人。具合はどうですか?と訊くと「しんどくはない」との返答。とりあえず、診察前に頭部CT、採血、心電図をチェックしていた。こういう急なADL低下、認知機能低下は、硬膜下血腫が要注意。しかしこの人には、その所見はなかった。頭部CTを精査するも、明らかな出血や梗塞はないように思えた。採血は問題なし。心電図は心筋梗塞を除外するためにチェックしたが、ST変化やQ波なし。ただし、QT時間は延長していた。


ここで私は途方に暮れた。このお婆さんのもともとの姿を私は知らない。お婆さん本人に質問しても、はっきりした答えは返ってこない。ボソボソっと発語されるだけ。手がかりは、ケアマネさんのメモだけということになる。そうしてカルテをもう少し調べてみる。当院の整外科で骨粗鬆症の治療をされていた。ビタミンD製剤を投与されていたので、もしや高カルシウム血症?と考えて、採血を修正依頼をかける。しかし、カルシウムは正常値。冷静に考えると、薬剤性の高カルシウム血症は「急な」認知機能低下は起こさない。

さて、ホントに途方に暮れたぞ。いったん帰宅とするか? しかし、誰も付き添いの人がいないので帰りようにも帰れない(介護つき施設だったと思う)。すごく悩んだけど、私の印象は「何か器質的な変化が起こった、それも血管性の変化」というものだった。でもこれも「メモをホントだと信じたら」ですけどね。恥を承知でC病院へ転送とした。

C病院ではケアマネさんが来てくれたようだ。ちゃんとした情報収集ができている様子。そうして頭部MRIの準備がされていた。わがT診療所はMRIが撮れない。急性期の脳梗塞をしっかりチェックするためには、C病院のMRIに頼らざるを得ない。どうもC病院のスタッフの評判では、脳梗塞では?という流れになりつつあった。そうして頭部MRI。ありました、左基底核~放線冠にかけての急性~亜急性期の脳梗塞。お婆さんは、そのまま入院という運びになった。とりあえず、白黒ついてよかった。後日、例の頭部CTを他のDrに見せたが、みなさん首をひねっていた。確かに、それほど難しい症例ではあった。

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総括。将棋の米長邦雄先生(故人)が次のようなことを言っておられる。

人間にとって大切なものは、努力とか根性とか教養とか、いろいろあります。しかし、一番大切なものはカンだ、と私は思っています。カンというのは、努力、知識、体験といった貴重なもののエキスだからです。その人の持っているすべてをしぼったエキスです。ミキサーをガーッと回してしぼっているようなものですが、そのスピードがあまりにも速いので自分でも気がつかない。新手、新発明、新発見、いずれをとっても総合力を基にしたカン、閃きなのです。



タイトルに「『カン』が勝負!」と記したので、ちょっと誤解があったかもしれません。ここでの「カン」は「当てずっぽう」のことではなく「その人の持っているすべてをしぼったエキス」のことです。その「カン」に基づいて総合内科で診療を行うということ。例えば「カン」が働いて、なにか「違和感」が残ったとする。そこでちょっとだけ時間を割いて、なにか見落としがないか再考する。そして閃きがあれば、診察や検査を追加する。そうした「ひと汗、ふた汗」が、特に総合内科という診療科では大事だと思うのです。以上、普段の仕事について、ちょっと文章こさえてみました。