映画をトータルに語る「映画コラム」はあるのですが、Blog書くほどでもな~という中途半端な作品群があります。トータルに書けなくても、優れたシーンはある。そういうシーンをチョイスして、語ってみます。今回は「シックスセンス」と「レオン」より、引用してみます。
まずシックスセンスから。事故で渋滞している車中で取り交わされる親子の会話。コール少年(ハーレイ・ジョエル・オスメント)とその母リン(トニ・コレット)。コール少年は、死人が見えるという絶望的な特殊能力を持っている。そのどん底の悩みを誰にも打ち明けられないという孤独。肉親でさえ、信じてもらえないだろうという絶望感。でも、この車中のシーンでコール少年は、意を決して母に告白する。リンははすっぱな女性だが、息子のことはちゃんと愛している。彼のことを「化け物」などとは思わない。彼は自分が「化け物」と思われることが、一番つらいのだ。だって、自分の能力があまりも現実から逸脱しているから。コール少年は、祖母と母の昔のエピソードを引用して、母の理解を得ることに成功する。
ハーレイ・ジョエル・オスメントの演技はもちろん凄いと思うけど、母親役のトニ・コレットの演技も素晴らしい。感情の抑揚を自在に操っている。息子の意外な告白に戸惑い、少しの懐疑、息子への信頼の確認、次第に止まらなくなる涙、共感の増幅。母と子の間の深い深い溝が確かに埋まり、ようやく親子の本来の愛情が取り戻された瞬間。いつ見ても泣けます。
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次に「レオン」のラストシーン。僕はこの映画を劇場でみました。銃撃戦のような激しいシーンが目立つこの作品ですが、僕はこの静かなラストが大好きです。天涯孤独の身となったマチルダ(ナタリー・ポートマン)が、学校に戻ってくる。そうして校庭の片隅にレオン(ジャン・レノ)が大切にしていた観葉植物を植える。レオンはこの観葉植物を「俺と同じで根がない」とうそぶいていた。観葉植物が大地に根を張れば、レオンは安らかに昇天すると考えたんだろう。それはまさに鎮魂の儀式であり、形而上学的でさえある。観葉植物を植え終わった後、マチルダはこう言っていると思う。ネイティブゆえに聴きづらいが・・
I think you’ll be OK, Leon.
訳は「もう安心よ、レオン」となっている。ここ、ちょっと異議ありなんすよ。劇場でみたときは「あなたはもう根無し草じゃないのよ」という字幕だった記憶がある。僕はこの字幕をみて、ちょっと涙がこぼれた。でもいま冷静に思うと、この劇場の字幕は訳しすぎなのね。熱が入りすぎというか。「もう安心よ、レオン」という訳のほうが、ニュートラルなんだと思います。この科白の直後に、スティングの「Shape of My Heart」がかかる。この神業的なケミストリーが、当時の僕を打ちのめした。まさにゾゾゾっとしたね。1995年に日本公開で、あの頃は体調がひどかった。すごく孤独な時代だったので、このラストシーンはツボだったわけです。リュック・ベッソンの感性に脱帽でした。あ、そうそう、このシーンはさりげなくドローンを使っていますね。改めて見直すと、いろいろ発見があります。以上、とりとめなくラストシーンで語ってみました。