冬の避暑地・・「人間交差点」より

久々に漫画でBlog、いってみます。「冬の避暑地」という短編ですが、人間交差点シリーズにおいて、僕にとってはベスト3に入ります。生きることと音楽の深い関係について描かれています。まずはあらすじから。

24

冬の山荘での演奏会。白髪の男性(父とします)がチェロ、その娘(紀子)がピアノ、孫(美樹)がバイオリン。聴くのは老夫婦。拍手喝采のうちに終わり、帰路へ。しかし、娘の夫(透)が迎えに来ない。仕方ないので、楽器を携えてホテルへ。そこには酒に酔った透がいた。彼は運転のことも考えず、どんどん杯を空ける。紀子がそれを注意すると「だったら今夜はここで泊まればいいだろう!」とキレる。透は才能豊かなバイオリニストだったが、たった一度のリサイタルで酷評されただけで、ろくにバイオリンを弾かなくなってしまった。

56美樹が使用していたバイオリンは、本来は透のものであった。その一千万円以上するそのバイオリンは、紀子がピアノのアルバイトで夫に買い与えようとしたものだった。しかし父はそれを見るに堪えず、家を売り払って手に入れたのだ。それは娘に対する愛情からだったが、しかし今となってはそれが失敗だったのかもしれない。

その夜、父は寝付かれずに部屋を出て階下に降りていく。するとフロントでなにやら揉めている。みると昼間の老夫婦で、ホテルから宿泊拒否されていた。事情を聴くと、その老夫婦は70歳という老齢で事業に失敗し、無一文になってしまった。昼間の演奏会の謝礼が、最後のお金だったのだ。暖炉の前で語り合ううちに、父はその老夫婦が「人生に終止符を打つためにここにやってきたのでは」と確信する。

43「もう一度やり直すべきです、こうやって生きている限りは、もう一度やり直すべきだ」父は力説するが、老夫婦の表情は力なく、死の世界へ近づこうとしている。そこで父は言う「馬鹿な。人間は最後の一息まで、生きることに駆り立てられるようになっている。それを教えるのが音楽だ」「あなたは幸福なんです」「ええ、あなた方と同じようにね」「私たちが幸福ですと?」「今、それをお教えしましょう」

49
父は部屋に戻り、透と紀子を起こす。「人の命がかかっている、頼む、私と一緒に演奏してくれ」 透は拒むが、父は「これを最後にキミが二度とバイオリンを弾かなくなくとも、私は何も言うまい」と啖呵を切る。そうして始まった深夜のコンサート。父は透が素晴らしい演奏をするのを聴いて、娘はいつも幸福だったのだと確信した。娘よ、おまえを疑って申し訳なかった。
14
素晴らしい演奏に、老夫婦はいつしか手を重ねて聴き入る。最後はあちこちの宿泊客が集まってきており、拍手喝采。そんな温かい拍手に、透はいたたまれなくなり独りベランダへ。父が例のバイオリンを携えて追いかける。「ありがとう、キミのおかげで最高の演奏ができた」「約束ですよ、私はもうバイオリンを弾きません」09「いいとも、たかがバイオリンじゃないか。こんなもの、弾こうか弾くまいが、キミの人生にたいした影響はない」 透は一瞬ハッとなる。そのつぎの瞬間、父は思い切りバイオリンを叩き壊す。「だから頼む、娘を幸福にしてやって欲しい!」父の目からは涙が流れている。38「もう一度・・」 暖炉の前。例の老夫婦が手を重ねて、身体を寄せあっている。「・・やりなおしてみるか」老婦人の目から、涙がこぼれている。



僕はこの「父」のような人がいたら、なんか涙ぐんでしまう。こういう人格って、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の、まさにあのコンセプトじゃないかって。娘の幸せ、孫の成長、老夫婦の危機、あれこれに気を配って「慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル」。そうして才能は豊かなのに、子供じみたところがある透にも、がまん強く接する。透のバイオリンのために家を売り払って、流浪の民のような日々。父自身も深い苦悩にさいなまれていたはずである。でもこの人は、自分より他人なのね。ついつい自分は二の次になっちゃう。

人間は最後の一息まで、生きることに駆り立てられるようになっている。

それを教えるのが音楽だ。


この言葉、格好いいねぇ。音楽中毒を自認する僕は、これは真理だと思うんですね。誰にだって「あきらめ」の時期はやってくる。そうした、うつうつした時でも、音楽は我々をなぐさめ、奮い立たせてくれる。ぼんやり好きな音楽を聴いているうちに、さっきは見えてなかった妙手がみえてくる。あるいは、そんなうまくいかなくても、問題が整理されて見通しが段違いによくなる。そうして「よし、もう一度」と立ち上がる気力が湧いてくる。
18
 

終始おだやかだった「父」が、ラストシーンでキレる。キレて一千万円以上もするバイオリンを叩き壊す。この場面で「父」の脳裏になにが去来したか。まずは透への怒り、異議、訴えだろうね。普通はこめかみに青筋が浮く場面だけど、「父」は涙を流す、ぷるぷると全身を震わせながら。こういう人を、僕は愛してしまう。これは多分、同類を感じるからだろうな。心のなかで「がんばれー」と叫んでしまう。
32
 

どんな人も、なにがしかの悩み、苦しみ、哀しみ、痛みを抱えて生きている。それは全て、運命という重いものがもたらした試練なのです。人間はどんなときも、その「重い運命」と戦っていく必要がある。音楽という不思議な存在は、その重くて苦しい戦いを、すこしでも和らげてくれる。人間は本当に最後の一息まで、生きることに駆り立てられるのだろうか? 懐疑主義の視点からは「そんなの理想論だ」という誹りはあるかもしれない。「父」というキャラは、やや理想主義の傾向はあるかと思う。ただ、音楽がそばにあれば、死へと続くあきらめを、絶対に引き延ばせる。音楽は悪魔を遠ざける効果を持っている。音楽中毒の僕が言うんだから、間違いないです。以上「冬の避暑地」という短編で、文章こさえてみました。