廃線・・「人間交差点」より

漫画でBlogのコーナー! いつものように、お気に入りの短編漫画をネタに、文章こしらえてみたい。今回は「人間交差点/矢島正雄作 弘兼憲史画」より、「廃線」という作品を取りあげてみる。まずはあらすじから。

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菊田は廃線を張り込んでいた。相手はかつての上司である。菊田は中学をでるとすぐに、集団就職でこの京浜工場地帯にやってきた。夜学に通いながら仕事をするつもりだったが、じっさい仕事をしてみて、それは絶対に不可能なことがわかってきた。三交代制で24時間、溶鉱炉の灯は消えることがなかった。おまけに、塩をかじりながら働かなければ、体中の塩分が汗と一緒に全部でてしまうほどの重労働だ。汗の臭いが充満するカリント電車に揺られながら、彼の向学心は徐々にうせていった。

そんな菊田を、面倒見のよい班長は叱咤し、勉強をおしえてやった。「菊田! 学校へは行かんとだめだ。そのためにおまえには、早番勤務だけを割り当ててるんだぞ! 十代のうちに自分をごまかすことを52覚えてどうするかッ!」と。実直な班長の励ましと助力がなければ、菊田はとうてい夜学を卒業することも、刑事になることもなかったはずだ。菊田は、班長を逮捕することはできないと思っている。もし班長が現れたら、内密に自首を勧めるつもりで張り込んでいるのだ。



かつての班長は、保険金目当てに殺人を犯していた。暴力団との付き合いもあったらしく、拳銃を持って逃走している。班長は菊田が製鉄所をやめた後、すぐに自分もやめて商売を始めたらしい。その商売も数年前まではうまくいっていたようだが・・ 商売が順調にいきすぎたのだ。順調にいきすぎたことが、おそらく班長の人間性を変えてしまったのだろう。

58菊田はただなんとなく、班長がこの廃線に現れると直感していた。そうして、さびれた居酒屋に部屋を借りて、張り込んでいたのだ。四日ほど経過したある夜に、女将と一緒に呑む。そうして、この「かつて栄えていた廃墟」について語り明かす。夜が明けるころ、「パッ」という音がなる。外へ駆け出す菊田。息を切らせて走っていた先に、年老いて容貌も変わってしまった「班長」が、拳銃で頭を撃ち抜いて倒れていた。まさに「廃線」の上に仰向けになって。

41女将いわく「みんな、ただ汗を流して働くだけの生活が、懐かしくなって戻ってくるのかもしれないわ・・」と。二人には「廃線」の上をカリント電車の幻影が走っているかのように見えた。


人間は年齢とともに「濁る」と言ったら怒られるだろうか。例えば「老醜」という言葉があるように、年老いて純粋な人間がいたとしたら、ひとつの奇跡であるかもしれない。班長の人間性を変えてしまった「人生の落とし穴」。そうした罠は、生きれば生きるほど邪悪な地雷のようにあなたを待ち受け20ている。罠とは何か? それはつまり、欲望を刺激するすべてのモノである。カネであったり、権力であったり、虚飾であったり。欲望が罠をつくり、人生に濁りを生じさせる。

人生の落とし穴に堕ちて、全てを失って初めてわかる。あの頃の純粋さが、いかに大事だったかを。だからかつてカリント電車が走っていた「廃線」に、みなが集まってくる。みんな昔の・・馬鹿みたいに一生懸命だった自分の姿を求めてやってくる。簡潔にいうならば「原点回帰の夢」と言えるかもしれない。

毎日、意識が薄らぐほどの重労働強いられながら・・ なぜかあの頃のみんなの顔は輝いていた。わが家に向かう者、疲れ果てながらも遊びに向かう者、そして私のように学校へ向かう者。なぜかあの頃のみんなの顔は輝いていた。



高度情報化社会において、アンテナが敏感なのはいいことだろうか? 原作者の矢島正雄さんは「否」とおっしゃっている。情報が多すぎることにより、欲望が必要以上に刺激されて、余計なエネルギーの消耗が起きる。これ、現代のストレス。生活の選択肢が多すぎるために、己が定まっていないと、振り回54されることになる。そうでなく、カリント電車が走っていた「不便な時代」こそ、現代よりもずっと単純で生きやすかったのではないか?という問題提起である。

例えば、みなさんが宝くじで三億円当てたとしよう。当選したときの幸福感たるや、想像もできない。前方に大きく拡がる視界。あなたは「あれもしよう、これもしよう」と胸ときめく。しかしそのときめきの背後で、あなたの人生はどんどん濁っていく。カネを使えば使うほど、あなたの心、視界は蝕まれる。このパラドックス、こわいね~ でもこれ、矢島正雄がいつも主張するテーマなんだな。したがって、ここでいちばん大事なのは「欲望を抑える力」なんですね。欲望のままに振り回されると、本作の「班長」のように人間性が180度変わってしまう。だって、もともと三億円は「あぶく銭」なんですから。それこそ人生がうたかたになってしまう。ま、かくいう私も年末ジャンボは買うんですけどね・・f(^^;) 世界はパラドックスに満ちている。

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できるだけ純粋さを失わずに年をとるにはどうすればいい? まるちょうは「アンテナを鈍らすこと」を提案します。言い換えると「時代おくれ」になること。時代に追いつこうとあくせくすると、肝心の足元が見えなくなります。「俺は俺じゃ」という、ある種の諦観が必要かと。時代の先頭を目指すのではなく、一歩下がって自然体でいること。そうして己のタイミングで「時代をふと感じたら」それに即応する、というのがいいんじゃないかしら。それが上手な「時代おくれ」なのかな、と思います。純粋といっても、時代に盲目では困るからね。時代に流されそうになったときは、肩の力を抜いて「原点回帰」を。カリント電車を思い出すということは、すなわち「初心を忘れない」ということなんでしょう。以上、漫画でBlogのコーナーでした。