いたみ・・「人間交差点」より

漫画でBlogのコーナー! お気に入りの短編漫画をネタに、また語ってみたい。今回は「人間交差点/矢島正雄作、弘兼憲史画」より、「いたみ」という作品を取りあげてみたい。これ、学生時代からずっと私のお気に入りで、完成度ではベスト3に入ると思っています。最後まで読むと、いつの間にか泣いている自分がいる。なんか毎回、そうなっちゃう。まずは、あらすじから。

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テレビ画面に、俳優の堤則之の熱愛報道が流れている。お相手は24歳のCAさん。玲子はかつて、彼の恋人だった。13年前に、一児をもうけて青春を精算した。シングルマザーとして、育児と仕事を抱えて大変な日々。幼い娘を「悪魔」と感じたことすらある。20気づけばもう、38歳。則之も同い年だ。玲子はふと、則之に電話する。「ちょっと会わない?」と。街には雪がちらついている。

いつもの喫茶店で待ち合わせるふたり。サングラスの則之が入ってくる。久しぶりの再会なのに、玲子から出てくる言葉は、則之をねちねちと責める言葉ばかり。「私の青春を食いつくしたから、今のあなたがいるんでしょう」とか。則之は「本当は何が目的なんだ!」と問い詰める。玲子は、ふんという感じで「別にィ」。33その瞬間、則之の強烈な張り手。玲子は椅子ごとぶっとぶ。「何えらそうにしゃべってんだよ、バカヤロウ! 私の青春食いつくした? 聞いたような口きくんじゃねえよ!」キレた則之は、さっさと店を出る。

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実はこの二時間前に、玲子は13歳の娘、真美と喫茶店の前で出会っていた。今は父と暮らしている真美は、こう切り出す「もう父の前に現れないで下さい。あなたが現れると、私達しあわせになれないんです」と。愕然とする玲子。わが子の眼に母親の自分が、そんなふうに映っているとは・・ 雪の中にひとり佇む玲子。彼女の脳裏に、則之との青春時代がフラッシュバックする。

35春、夏、秋、冬・・冬は、顔にあたる雪がしみた。則之に殴られた傷に雪がしみる。ボロアパートの窓を全開にして、そとを凝視する玲子。殴ったのを謝り、窓を閉めようぜ、と取りつくろう則之。「あ、そうだ、俺コーヒー入れるな! うん、すげえうまいやつ入れる!」貧しくとも、コーヒーだけは切らさなかった。二人美味いコーヒーを飲みながら25「もう窓締めていい?」と則之。「だめ」と玲子。「なんて素晴らしい人生なんだ・・温かい一杯のコーヒーがあれば、人、充分生きるに値する・・なんちゃってな」と凍えながら笑顔の則之。すると「窓、締めていいよ!」と玲子の許可がでる。「よかったぁ!」と則之。

玲子は本当は、則之をこき下ろすために会いに来たのではなかった。こうした「ごくありふれた、でもかけがえのない想い出」を、真美に伝えてほしいと思ったのだ。実母として、真美に「青春のはかなさ、貴さ」を教えてやりたかっただけだ。玲子は頬を腫らしたままで、喫茶店をでていく。「あいつになぐられ48た唇がしみるわ・・」 そこに真美が立っている。「ママ!」と抱きつく真美。「私、ママにさよなら言うの忘れてた・・。ママ、さようなら。さようなら・・」瞳に涙を浮かべ、振り向き去っていく真美。玲子は泣いている。街には雪が次第に強く降りしきる。真美の残した足跡を、消していく・・03

何度も言うけど、なんという完成度よ。ちょっと切なくて哀しい話なんだけど、読んだあとに「何か」が残る気がする。それはずばり「美」だと思うのね。モチーフに使われている「雪」の効果は大きい。暴力や憎悪みたいな穢れた感情も描かれるけど、ラストで純白の雪が、全てを洗い流す。哀しくて、なにか清々しい、ヘンな気分(笑)。

本作を読んで一番感じるのは「大人になるということは、喪っていくプロセスに他ならない」ということ。若いときは誰だって「無限パワー」を信じている。どんなにカネがなくて、ひもじくても、どこかで「俺はなんだってできる」という根拠のない自信を持っているものだ。大人になるということは「無限がいつの間にか有限になる」ということだ。その代わり、ちゃんと成熟した大人には「限定されてもいいよ」っていう智恵がある。「智恵」=寛容さ、諦念、包容力・・ 自分は所詮「喪われつつある存在」と自覚するならば、それは幸いなことだ。ラストの玲子は、まさにそんな「自覚した大人」だと思う。自覚しているからこそ、美しい。厳しくて、美しい。

なんて素晴らしい人生なんだ。
温かい一杯のコーヒーがあれば、人生は充分生きるに値する。

07玲子が感じている「理不尽」は、これはもう普遍的なものなんです。そう、人生とはすべからく理不尽なもの。そうした「いたみ」を紛らわせ、和らげてくれるのが、雪の美しさだったり、淹れたてのコーヒーだったりするわけですよ。「なにげない感動、癒やし」って、大切だと思う。大人になるということは、そうした「ちょっとしたもの」に対するアンテナが敏感になることだと思う。だから「涙もろくなる」という現象は、大人として成熟した証なんだな。56「ちょっとしたもの」に泣ける人って、いい人生を送れると思うけどな。喪われつつあるがために、あるいは死に近づきつつあるがために、アンテナが敏感になる。心眼がひらける。

ラストの雰囲気を、できるだけシンプルにお伝えしたい。とても好きな絵と言霊たち。

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最後の玲子の言葉が、まさに「いたみ」である。

一年会わないと、
子供ってあんなに大きくなっちゃうんだ。

大人とは、耐えることとみつけたり。哀しいね、美しいね。以上、漫画でBlogのコーナーでした。