道/フェデリコ・フェリーニ監督

「道」(フェデリコ・フェリーニ監督)を観た。名作の誉れ高い映画だけど、いちど観て、その表現している内容の深さに、ちょっと混乱してしまった。感想Blogを書こうとするも、頭の中が「文章を書こう」という態勢にならない。なんというか、消化不良なんだな。それで、二ヶ月半後に、もういちど挑戦した。それで、ちょっと掴めたような気がした。

まず第一に、この映画はハッピーエンドにはほど遠い。観たあとに、なにか「ざらざらした感じ」が残る。それは人生の矛盾であり、男女間の不条理であり、人間の弱さだと思う。そう、フェリーニ監督が描いているのは、とても深遠で真面目なテーマです。でも・・ひとつ、スパイスとして素敵なのが、主役のジュリエッタ・マシーナの演技なんだな。この人の表情って、なんて癒やされるんだろう。不思議な存在感がある。というわけで、次のふたつの軸で語ってみます。

#1 ジュリエッタ・マシーナという不思議
#2 人生の「ざらつき」について

まず#1から。ジュリエッタは、このとき33歳。ちなみに夫はフェリーニ監督。ジュリエッタって、小柄だし、とくに美人でもないし、いわゆる「華」は全くない。でも・・なにかしら不思議な印象を残すんだな。単なる美人なら「華がある」の一言で済むんだけど、彼女のような内側に強烈な個性を秘めた人の説明は、そう簡単ではない。

本作のジェルソミーナという役柄は、純真なんだけど、それだけでは済ませない何か・・精神的な弱さを持っていると思う。強引さや運命に、ついつい服従してしまうタイプかな。ジェルソミーナを「知的障害」「精神薄弱」とか書いているのを見かけるけど、私はそうは思わない。何と言ってもジュリエッタが演じると、どうしても「知的」になってしまうからだ。ジュリエッタのくりっとした眼は、観るものに何かを訴える。そこには明確な「喜怒哀楽」が宿り、科白なしでOKという具合になってしまう。ときにイタズラっぽい眼の動きは、全然古さを感じさせない。たぶん、これって彼女の「生き方」に関連したものだと思うんだけどね。

そうした「生き生きとした眼」なんだけど・・ 残念なことに、ストーリー展開とともに、次第に影が差してくる。最後は焦点の定まらないうつろな眼で、本当に廃人のようになってしまう。この痛ましい「落差」が、観るものの心に「ざらつき」を植え付ける。それは運命の仕打ちなのか? いずれにせよ、あの茶目っ気たっぷりの眼が、ぷっつりと失われるというのは、悲劇というしかない。

次に#2について。本作のもう一人の主人公、ザンパノ(アンソニー・クイン)。イタリア語で「Zampa」は「悪」を意味するそうだ。だってもう、粗野で暴力ふうるし、女だって手当たり次第なんだもん。思考停止のばか野郎。「なんじゃこいつ・・」と、何度思ったか。ジェルソミーナを善、ザンパノを悪とすると、フェリーニ監督の頭の中には「善悪の軸」が描かれていたと想像する。そうして、常に「善は敗北する」という定理ね。私は本作を観て「善の弱さ」を再認識した。

ザンパノに引きずられて、ジェルソミーナはすり減っていく。でも、一度だけ別離のチャンスがあったんだな。ザンパノが刑務所に拘留されて、出てくるところ。あそこで彼女が、サーカス団について行くとか、綱渡り芸人について行くとかしたら、もっと事態は変わっていただろう。綱渡り芸人は、ちょっと風変わりだけど、彼女にキラリと光る言葉を与えた。

この世の中にあるものは、何かの役に立つんだ。
こんな小石でも、何か役に立っている。
何の役に?神様はきっとご存じだ。

でも・・ 結局、あの人でなしザンパノの元に戻ってしまう。この運命の皮肉。というか、ジェルソミーナの弱さ、人のよさ。悪しきものに、どうしても近づいてしまう哀しい習性。その結果、頭が本格的におかしくなり、ザンパノは彼女を捨てる。文字通り、捨て去る。

でも、ですよ。ラスト(ジェルソミーナを捨てて五年後)でザンパノが浜辺でおいおい泣くんだな。女々しく嗚咽して、さめざめと泣く。ここで混乱するんですよ。カギとなるのはジェルソミーナがラッパで吹いていた音楽。ニーノ・ロータ作曲のこの音楽は、とても優しくて哀しい。



ザンパノの涙は、ひとことで表現すれば「良心の呵責」ということか。少なくとも彼は、ジェルソミーナを愛していたとは考えにくい。あくまでも自分が過去にした悪事・・過失殺人、死体遺棄、ジェルソミーナを不幸にして、最後は捨てたこと・・これら全てが、上記の音楽により蘇るのだ。この音楽は美しいけど、ザンパノにとっては「呪いの音楽」だっただろう。罪の意識を刺激する音楽。良心の痛みを増幅させる音楽。逆に言うと、あの「悪の化身」ザンパノにも、一片の良心が潜んでいたという結末ね。人生のすれ違い、はかなさ、不条理・・「ざらつき」を感じる所以です。ちょっと考えさせるラストだったと思います。以上「道」について、感想を記しました。