小説 黒人の死ぬ時(4)

「もう30分を過ぎましたね」

藤壷がバグを圧しながら、1時15分を指している時計を見て言った。

「指が痺れてきたよ」

「僕が代われたらいいんですが」

「疲れるのは主に指なんだ。これを30分もやると二、三日はペンも持てないからな」

「痛くてですか」

「大して痛くはないんだが、指が馬鹿になっちまうんだな」

丸長は前から気になっていた、黒人の股間のモノについて、思い切って言及した。

「黒人さんのペニス、凄いな」

「ええ、僕も内心気になっていたんです」


「勃起したら、何cmくらいになるのかな」

「うーん、50cm、いや40cmくらいにはなりますかね」

「トランクスから、ずいぶんはみ出してるぞ」

「黒人だからといって、これは長すぎですよね」

「俳優って、あっち系かい」

「いや、詳細は知らないんですが」

「でも、ちゃんと奥さんもいて子どももいるんだからな」

「ちゃんとした俳優さんだと思いますけど」

「まあ、つまらん詮索はよそう」

言いながら、丸長は心臓を揉む手を交代して、自由になった右手を宙で振った。

ふと藤壷を見ると、暗い顔をしてマイケルのペニスを見つめていた。

「僕、短小なんです」

思わぬカミングアウトに若干うろたえながら、丸長はフォローした。

「こんなのに比べたら、みんな短小だよ」

「この前、彼女になじられたんです。あなたの短小だって」

「馬鹿、そんなの本気にするな。女の戯れ言なんか相手にするなよ」

実は丸長も、短小だった。

「男はな、ペニスの大小で価値が決まるなんて幻想だよ」

「そうですか」

「確かに巨根は男の夢だけど、そんなの結局独りよがりな夢だ」

「先生、勉強になります」

丸長は心臓を揉みながら、確信に満ちた目でこう言った。

「この黒人さんには申し訳ないが、ペニスの大小で男の価値が決まるなんてのは、浅はかな男性の見栄だよ。女性はもっと別な物を求めているんだよ。医学の勉強も大事だけど、そういう勉強もしとけよ」

「ずっとこの黒人さんのペニスを見て、劣等感を持っていました」

「馬鹿野郎。こんなに長かったら、むしろ大変な人生だったと思うよ」

大窓からは、相変わらず綺麗な星空が見渡せた。

「かの文豪、ヘミングウェイも短小だったが、性豪だったという説もある」

「へえ、そうなんですか。やはり長さじゃないんだ・・」

藤壷の瞳にほのかな希望の光が垣間見えた。

時計は1時20分を指していた。藤壷がバグを圧しながら言う。

「あと、どれくらい続けるんですか」

「そうだな」

「このまま心臓は動きださないんでしょうか」

「そうかもしれん」

部屋にはバグを圧す単調な音だけが、静かに響いていた。

「一体、この黒人さんは生きるんですか、死ぬんですか」

「死んでるよ」

「死んでる?」

「俺たちが今手を離せば、その時が死んだ時だよ」

「・・・・・」

「俺たちがやめた時が、この黒人さんの死亡時刻さ」(つづく)