「もう30分を過ぎましたね」
藤壷がバグを圧しながら、1時15分を指している時計を見て言った。
「指が痺れてきたよ」
「僕が代われたらいいんですが」
「疲れるのは主に指なんだ。これを30分もやると二、三日はペンも持てないからな」
「痛くてですか」
「大して痛くはないんだが、指が馬鹿になっちまうんだな」
丸長は前から気になっていた、黒人の股間のモノについて、思い切って言及した。
「黒人さんのペニス、凄いな」
「ええ、僕も内心気になっていたんです」
「勃起したら、何cmくらいになるのかな」
「うーん、50cm、いや40cmくらいにはなりますかね」
「トランクスから、ずいぶんはみ出してるぞ」
「黒人だからといって、これは長すぎですよね」
「俳優って、あっち系かい」
「いや、詳細は知らないんですが」
「でも、ちゃんと奥さんもいて子どももいるんだからな」
「ちゃんとした俳優さんだと思いますけど」
「まあ、つまらん詮索はよそう」
言いながら、丸長は心臓を揉む手を交代して、自由になった右手を宙で振った。
ふと藤壷を見ると、暗い顔をしてマイケルのペニスを見つめていた。
「僕、短小なんです」
思わぬカミングアウトに若干うろたえながら、丸長はフォローした。
「こんなのに比べたら、みんな短小だよ」
「この前、彼女になじられたんです。あなたの短小だって」
「馬鹿、そんなの本気にするな。女の戯れ言なんか相手にするなよ」
実は丸長も、短小だった。
「男はな、ペニスの大小で価値が決まるなんて幻想だよ」
「そうですか」
「確かに巨根は男の夢だけど、そんなの結局独りよがりな夢だ」
「先生、勉強になります」
丸長は心臓を揉みながら、確信に満ちた目でこう言った。
「この黒人さんには申し訳ないが、ペニスの大小で男の価値が決まるなんてのは、浅はかな男性の見栄だよ。女性はもっと別な物を求めているんだよ。医学の勉強も大事だけど、そういう勉強もしとけよ」
「ずっとこの黒人さんのペニスを見て、劣等感を持っていました」
「馬鹿野郎。こんなに長かったら、むしろ大変な人生だったと思うよ」
大窓からは、相変わらず綺麗な星空が見渡せた。
「かの文豪、ヘミングウェイも短小だったが、性豪だったという説もある」
「へえ、そうなんですか。やはり長さじゃないんだ・・」
藤壷の瞳にほのかな希望の光が垣間見えた。
時計は1時20分を指していた。藤壷がバグを圧しながら言う。
「あと、どれくらい続けるんですか」
「そうだな」
「このまま心臓は動きださないんでしょうか」
「そうかもしれん」
部屋にはバグを圧す単調な音だけが、静かに響いていた。
「一体、この黒人さんは生きるんですか、死ぬんですか」
「死んでるよ」
「死んでる?」
「俺たちが今手を離せば、その時が死んだ時だよ」
「・・・・・」
「俺たちがやめた時が、この黒人さんの死亡時刻さ」(つづく)