小説 黒人の死ぬ時(p)

まえがき
2月に処女作「小説 40cmのペニス」を書いて、わりとアクセスがあり、まずまずの成功だったと自負しております。もともとまるちょうという人は、それほど想像力の豊かな方じゃない。いわゆるストーリーテラーには、向いてないです。「40cmのペニス」は、たまたま面白いモチーフがあり、そこから自然に書けた、という感じ。第二作をずっと考えていたんですけど、これがなかなか思うように進まない。やはり「小説を書く」という作業は、そう甘くない。村上春樹も、たしか「誰でもひとつは小説を書くことができる。しかし、書き続けるのは難しい」とか、言ってたような気がするなぁ。

今回、なんとか書けそうな見通しができたので、「エイっ」という感じで書いてみます。題して「黒人の死ぬ時」。これは渡辺淳一の古い短編「少女の死ぬ時(『白き手の報復』に収載)」をベースにしています。というか、パロディですな。著作権的にどうなのか、よくわからんのですが、相当に改変するつもりなので、なんとかOKでしょう。では、しばしお付き合いください。

※全部書き上げてから、何回かに分けてアップの予定でしたが、どれくらいの長さになるのか見当がつかず、とりあず書けた分を順次アップしていくことにします。全体の整合性とか、かなり心配なんですけど、これも「エイっ」って感じです。まぁ、素人のフリー読み物ですから、カタいことなしで行きましょう!(笑)


「心肺停止だ!」


丸長(まるなが)夫妻は、ホノルル空港のメイン・ターミナルで、その怒声を耳にした。一気に緊張した空気が充満する。妻の恵(めぐみ)は、荷物を夫の宏(ひろし)に放り投げて、目の色を変えて現場へ急行する。宏は「おいおい、大丈夫か?」と、足をばたつかせながら後を追う。恵はこうしたときは、体が即座に動いてしまうタイプだ。夫の宏はいつも、そんな妻の姿勢に「かなわない」と感じてしまう。そうした時、彼女の頭からは、一切の打算が無くなっている。

断っておくが、丸長宏は医師、そして恵は看護師である。しかしながら、彼らは70代の老夫婦なのである。ただ、二人とも年齢の割に頑健な体躯の持ち主だった。一見して、10歳以上は若くみえるだろう。常日頃の熱心なスポーツ・ジム通いが、彼らの若さを生み出していた。

老後にハワイに夫婦で旅行するのは、彼らにとってずっと夢だった。40年前に結婚した時、ハワイに新婚旅行の予定が、SARS騒ぎで北海道へ変更された経緯がある。その時の恵の落胆ぶりといったら! その後、育児と子どもの独立、そして親の介護などを経て、念願の夫婦旅行がこんなに遅くなってしまった。人生とは、思うように行かないものである。

恵は人だかりの中に、ラグビーのタックルをかますように突っ込んでいく。「おいおい、大丈夫か?」また宏は心中でつぶやいた。しかし、乗りかかった船というやつだ。自分も行くしかない。「ハワイに着いた途端これかよ」という愚痴は、ぐっと吞み込んだ。人だかりをかき分けて進んでいくと、恵は大柄な男性に馬乗りになって、すでに心臓マッサージしていた。「AED持ってきて!」怒鳴る妻をみて、周囲をみながら「AEDありますか?」と尋ねる夫。空港の職員はまだ来ない。しばらくして妻の息が切れてきたので、今度は夫が心マする。心マなんて、何年ぶりだろう? 手を前胸部に触れようとして、肌が黒いのに気がついた。黒人だった。心マしながら仔細に彼を眺めると、アフロヘアーふっさふさで、頭部の近くに黒いサングラスが落ちていた。恵が瞳孔を見るのに咄嗟に外したのだろう。瞳孔はまだ散大までは行っていない。

黒人を心マしならがら、丸長宏は奇妙なデジャヴを感じていた。何かのイメージが、俺の心に蘇る。なんだこれは? 心マしながら、彼の無意識の領域にこびり付いていた記憶が次第に剥がれていく・・それは、遠い過去の出来事だった。(つづく)