近況・・不明熱の若年女性(1)

近況をひとつだけ。最近の総合内科での話をします。すごく強烈な体験だったし、今でもなお「もやもやしたもの」が心にうごめいている感じ。その、なんだろう・・やり切れなさというか、感情のうねりみたいなものを文章化してみたい。そうすることで、少しは救われるかもしれないから。形骸化した無限ループから脱するために、書こうと思います。お題は「不明熱の若年女性」。長くなったので、二回に分けてアップします。

今月上旬に20代前半の女子が、他院からの紹介状を持って私の外来を受診した。主訴は発熱と頚部のリンパ節腫脹。紹介状には「不明熱」と記されている。よく訊いてみると、なんと6月頃から発熱が始まったと。そこで「なに?」って感じになる。もう半年になるやん。熱の出方が、また特徴的というか、見たこともない「奇妙な」熱型。ひと月に一回くらい、5日間程度、有熱期がくる。この時期は38度から40度もの高熱がつづく。その他は、全くの平熱。有熱期には、他院で処方されていた抗生剤を飲んでいた。その他院の先生は「抗生剤が効いて熱が下がっている」と感じておられた。本人さんも、そのように理解されている。


本人さんは大学生で、話していても知的レベルの高い、聡明な感じの女の子。熱型についても、ちゃんと手帳に記録されていて、一目で分かるようになっていた。不勉強な私は、その手帳を見せられて、思わずのけぞってしまった。彼女は軽くウケていたけど、私に余裕などなかった。こんなん見たことないぞ。そして、頸部リンパ節の触診。両側の顎下部付近にあり、径は1-2cm程度か。弾性硬で、可動性はやや悪いと思った。圧痛は軽度あり。ちなみに、初診のその日はいわゆる「有熱期」だった。

そこまで診察して、正直全く分からなかった。総合診療科はイマジネーションの勝負だと思っている。目の前の情報から、患者さんの体の中で何が起こってどう変化しているのかを想像する。ひとことで言うと、情報を立体化する作業ね。そして現実に即して適宜、対処していく。しかし・・情けないけど、その時は全くイマジネーションの「イ」の字も浮かばなかった。混乱の中、とりあえず採血して「時間稼ぎ」してみるか・・という、これは本能的にそうしてしまった。ボクシングでいうと「クリンチ」に近いかな?(笑) 採血の内容も、それほど突っ込んだ項目も調べられない。CBC、CRP、血沈、LDH、IgA,G,M、EBVの抗体価(これは藁をもすがる感じ)、そしてQFT(これもそう)。あとフェリチンも。とりあえず、一週後に来てもらえませんか。その時に結果を説明します。それまでに、自分なりに調べますので・・ 

私は正直者だ。こうした時「困った顔」を隠さない。でも、それでいいんだと思う。医者は神様ではない。知らないことは知らないのだ。知らないことは「クリンチ」してでも、時間稼ぎしてなんとか再診日に結果を持ってくる。それでいいじゃん。逆に言うと、これは救急医療では通用しない方法論なんだけど(笑)。

そうは言いつつも、正直、皆目見当がつかなかった。一週後に解答らしきものを持って来れるんだろうか? ただでさえ忙しい師走。なかなか調べる態勢にも入れない。三日たち四日たち・・空いた時間に少し調べたりするのだが、ビタリと当てはまるような病気が出てこない。あちらを立てるとこちらが立たず、みたいな・・ 第一感は感染症だった。だから感染症を中心に調べていた。専門的な鑑別の思考過程は、煩雑になるので割愛。ただ、他院で処方された抗生剤が効いているとは、とても思えなかった。化膿性リンパ節炎なら、とっくの昔に治っているはず。万一遷延化するとしても、あの熱型はあり得ない。結核性としても、あんなに高熱が出るのはおかしいし、菊池病でも半年続くというのはどうか? とにかく難物なのが、あの熱型なのね。カオスの中で、答えが出ず、ずっと右往左往していた。

初診から五日後は日曜日のK診療所の健診外来。その夜は年賀の宛名印刷をようやく終了して、一息ついていた。疲労もあり、寝床に移動してiPadでも触るか・・ iPadの中にはイヤーノートがアプリとして入っている。そうやな、腫瘍の線ではまだ調べてないな・・ ここで私の勉強不足が露呈する。リンパ腫に微熱はあっても高熱はないだろうという固定観念があったのだ。「あ~、今日も疲れた」ぐらいのリラックスした気持ちで、イヤーノートのリンパ腫のページを眺めていた。くどいようだが「いちおう読んでおこう」的なスタンスね。でも、ホジキンリンパ腫(以下HL)に「Pel-Ebstein熱」という特徴的な熱型がある、これを見たときの驚きといったら! ぼんやり眺めていたのが、みるみる瞳孔が開くのが分かった。あの女の子の熱型と酷似しているのだ。頭を後ろからどつかれたような衝撃だった。「アホか、おまえこんなんも知らんのか」と神様が怒ってる。その後、いったん消灯してお蝶夫人♪と共に就寝したのだが、当然のことながら全く眠れなかった。そりゃそうだよ。あんなに感染症だと思いこんでいたのが、悪性疾患だなんて! 20代前半の何の罪もない、心優しい女子だよ! 心の中がもやもやしてしょうがなかった。・・すみません、ここでいったんアップとします。つづきは明日(^_^)。