前回に引き続き「ツレがうつになりまして。/佐々部清監督」について。今回は#2「絆を深めるということ」というお題でひとつ書いてみたい。
うつの当事者として、本作で一番心に響いた言葉。ツレの病状がやや落ち着いて、ハルさんが母を相手に語る次の言葉を耳にして、一瞬「ハッと」なった。
うつになった原因ではなく、うつになった意味を考える
この言葉は、うつを病む人間にとって、千金の価値がある。噛みしめるほどに味が出る、そんな感じ。この言葉を出立点として、文章を書き進めてみたい。堺雅人演じるツレは、もともと几帳面で真面目、いわゆる完璧主義。うつになりやすい性格だ。それが根底から崩れて、失職、うつの闘病生活へ。ここで自分のアイデンティティって何だろう?という疑問にぶつかる。以前は仕事であり「自分が大黒柱だ」という自負だった。でも、そんなもん全部崩れちゃう。これ、悲しいよ。相当な痛手だ。精神における大手術とも言える。苦しい闘病の中で、ハルさんに支えられながら、自分のアイデンティティを変容させていく。
今が人生の夏休みなのかなあ?(ツレ)
休みはね、休むことが宿題なんだよ(ハルさん)
ここで自分の古いスタイルを崩せない人は、生き残れない。ツレは、ハルさんに支えられながら、主夫としての自分を確立させていく。ここで大事なのが、謙虚さ。過去の自分にすがることなく、自分を変化させるしなやかさ。「完全でなくてよい、無理しなくてよい、無駄があってもよい」過去の自分なら毛嫌いしたであろう、そうした気構えを、自分の中で容認する。ツレは、よくやったと思う。そうして、一皮むけたハルさんのことも、ちゃんと評価する。「ハルさん、強くなったね」と。愛だね~ そして医師からの勧めでつけ始める日記。これ、私も病状が悪いとき、六年くらいつけてました。自分が生きているという証を、形として残したかった。そうでもしなければ、自分の存在があまりにも希薄だったんですね。ずっと放置していたんだけど、最近久しぶりに読み返そうかな?なんて考えている。あの記録が、まるちょうの原点<ゼロ>に他ならないから。宮崎あおい演じるハルさんは、生来の「マイナス思考、おおざっぱ、中途半端」な自分から脱皮して、しっかりと仕事に向き合うようになる。「本当に描きたいもの」を見つけるに至る。必死になって、余分な力を抜いて、ようやく掴みとった境地。名セリフ「ツレがうつになりまして、仕事ください!」ここは泣けたね~ 編集者に必死の形相で頭を下げる場面。以前のハルさんなら、あり得ない姿だ。これは「半端な私からの決別」を象徴している。このハルさんの変化の根底には、ツレへの深い愛がある。ツレとの生活を守りたい、これからも続けたい、という切実な願い。宮崎あおいの演技は初めて観たけど、素晴らしかった。可愛らしいキャラだけど、その眼差しには、プロ意識がしかと宿っている。
さて、ここで冒頭の言葉を思い出して欲しい。「うつの原因ではなく、意味を考える」・・簡単に言うと、後ろ向きじゃなくて前向きになる、ということ。原因を考えているうちは「自責、自己卑下、混乱・・」を抱えている。この時期は辛い。本当に辛い。ここで必要なのが、本人の忍耐とある意味での諦観、そして周囲の愛のこもった支援。過ぎ去る時間に、焦らないこと。そうしてうつをコントロールできて、ようやく「意味を考える」フェイズに入る。これは「前向きの意味づけをする」ということです。つまり「うつになってよかったと思える自分を見つける」ということ。人生は一直線ではつまらない。曲がりくねった道を汗をかきながら歩く。そうして「雑草のようなたくましいアイデンティティ」を勝ち取る。うつは、もしちゃんと乗り越えられたら、そうした収穫をもたらしてくれると思う。本作では、うつという大波がやってきて、ハルさんとツレは、各々「自分が知らない自分」を見つけることができた。その結果として、お互いのもっと深いところまで、理解しあうことができた。
本作の大きなテーマとして「夫婦の絆」があると思う。ツレの自殺未遂の場面は、胸にゴリゴリくる。まるちょう自身は自殺念慮は経験ないんだけど・・ お二人とも迫真の演技で、二回目に観た時は涙が止まらなくなった。前回Blogで「激しく心を揺さぶらない」などと書いてしまったけど、やっぱりこのシーンは、心がグラグラします。訂正します。全体としてほんわかとしたトーンなので、あの部分だけ「転調」というか、ハッとするものがある。心がざわざわするというか。でも、ああいう修羅場を乗り越えてこそ、夫婦の絆は深まるんだよね。骨董品の一輪挿しの瓶のように、割れないであることに価値がある。夫婦という「割れやすい瓶のような関係」だからこそ、大変な時こそいたわりあう。そして結果として割れなかったということに、その絆の価値が積み重なっていく。
最後に、お気に入りのフレーズを載っけておきます。
晴れた日も、曇った日も、笑った日も、泣いた日も、
健やかなる時も、病める時も、キミと一緒にいたい。
以上、二回にわたり「ツレがうつになりまして。」の感想を書きました。