Inner Views Keith Jarrett(2)

前回に引き続き「Inner Views Keith Jarrett」より。今回は#2「 獰猛な欲望(Ferocious Longing)について」と題して、文章を書いてみたい。

本書において頻出する言葉「Ferocious Longing」とは? インタビュアー山下邦彦氏の訳によると「獰猛な欲望」ということになるが、ここはいったん辞書を紐解いてみよう。ferociousの原義は「(野獣、人、行動、顔つきが)恐ろしい、凶暴な、残忍な」。口語的には「(欲求、精力、熱などが)非常な、猛烈な」。longingは「あこがれ、熱望、切望」。

こうして言葉を解体してみると、キースが言わんとしていた内容がおぼろげに見えてくる。longingの意味を単に「欲望」と固定してしまうと、若干語弊が出る。あくまでも「憧憬」なのね、これ重要。つまり、キースの心(正確には無意識)には、明確な表現したい「何か」がある。それは、心の奥の方に沈んでいて、そう簡単には掴み取れない。そう、掴み取れそうで掴み取れない。でも、キースは「どうしても、何とかして!」その何かを掴みたいと思う。その「どうしても!」という強烈な想いが、他でもないferociousという表現になったと思う。「凶暴なあこがれ」・・凄く不器用な訳し方すると、こうなる。キースの言葉を引用しよう。


音楽を演奏する行為の中には、感情は含まれていない。とても多くの人が、音楽は感情を表すものだと思っている。その感情には幸せ、怒り、喜びといった色合いがある。でも、コンサートでこういう感情が混ざってくると、たちまちぼくは音楽を失ってしまうんだ。音楽は感情ではない。「獰猛な欲望」なんだ。「獰猛な欲望」は音楽の中心(核)に到達するために必要なもので、いったん中心に到達すれば、音楽はひとりでに流れ出す。ぼくはただ音楽を弾いて、聞いているという状態を維持しなければならない。

ここでキースが自分の音楽を「聴く=listen」ではなく「聞く=hear」と表現しているところに注目。山下氏があとがきに書いているように、「聴く」のではなく「聞こえる」ということ。キースはそこに「自我の介入」を嫌ったわけね。意識して「聴く」のではなく、無意識の状態で「聞こえる」ことの重要性。極限のテクニックを駆使しつつ、最終的に全てのテクニックを捨て去る。まさに禅的な世界観。合理主義への反発という意味で、とても東洋的な世界観だと感じる。

「欲する(want)」というのが単なる「欲望(desire)」ということを意味する次元を抜け出したいんだ。単なる「欲望」とは違うんだ。「獰猛さ(ferocious)」というのは、「欲望」よりももっと基本的な次元にある。「欲望」というのは「ああこれをやりたいな、これが好きだからこうしたい」といった次元のもので、ぼくの言おうとしていることとは違う。ぼくの中で聞こえている音をぼくに弾かせるこの種の欲望(獰猛な欲望)は、エゴではない。それはエゴではなく、いわば現実とパワフルな方法で調和するひとつのあり方なんだ。



そして、キースの有名な「演奏中のうなり声」についてのコメント。

ぼくは演奏中に変な声を出すことで有名だけど、これは純粋に集中し、打ち込んでいるからなんだ。音楽がぼくを通してあふれ出てくる。それがあまりに強烈だから、思わず「アー、アー」と声が出てしまう。でも、それは感情的なものではない。感情的な色合いはまったく含まれていないんだ。

補足すると、彼のうなり声は「心の奥底にある何か」がferocious longingにより、ピアノという楽器を経て流れ出る、そのエネルギーのひとつなのです。要するに「うなり声も含めて、彼の音楽」という解釈になる。だから「あのうなり声さえなければ、最高なのに」という評は、とても浅薄な見方だと思う。彼は、ピアノで奏でる「音」だけでは不満足なんです。単にstrongではなくferociousという形容詞を持ってきた、彼一流のこだわり。ferociousという言葉は、いわば「常軌を逸する」言葉だと思うのね。結局それこそが、凡庸と非凡の違いなんだと思う。芸術というものは、まさにferociousな心構えがないと成立しないのです。ferociousという言葉の延長線上に、ある意味いびつな「うなり声」があると思う。リスナーは、それを理解すべきだ。

さて、最後に私の「何事にも熱しにくい心」について、少し考察。私にとってのferocious longingはどこにあるか? 一番大事なのは「理性で作り上げないこと」だと思うのね。無の境地で自然に湧き上がってくるのが、自分のペースだと思う。そうすると、私の独自のペースは「とても遅い」ということになる。でも、別にそれでええやん? 内なる声に従い、日々を歩んでいこうと思います。いつか「凶暴で熱い季節」が来るという憧れを持ちつつ・・(笑)

以上、二回にわたり「Inner Views Keith Jarrett」について語りました。