カッコーの巣の上で/ミロス・フォアマン監督(1)

「カッコーの巣の上で」(ミロス・フォアマン監督)を観た。1975年度のアカデミー賞を総なめした名作。私はジャック・ニコルソンが主演している映画、くらいの知識しかなかった。本作との縁は、だからそれほど深いものではない。観ようと思ったきっかけは、佐々部清監督から昨年秋頃に直々にご推薦があったから(→詳細はこちら)。ミロス・フォアマン監督の1984年度の、これも名作「アマデウス」に関する感想Blogを読まれて、何かしら感じられた模様。もちろん私みたいな小市民にとっては、ありがたい「ご縁」なわけで、謹んで本作を観ることとなった。



第一印象は・・これ、とても「アマデウス」と似てるんだけど「強い感動」というのはなかった。そうではなく、何かしら「静かに考えさせる」ような類いの作品だ。二回観たんだけど、二回目の方が感動した。要するに「するめ系」なんだね。噛めば噛むほど、じわじわ味が出るというやつ。良い作品とは、そういうものかもしれない。ちょっと長くなったので、二回に分けて語ってみたい。次のふたつを軸に。

#1 対立の構図について
#2 自由って何だろう?


今回は#1について。ジャック・ニコルソン演じるマクマーフィーという男。私見では、反社会性パーソナリティ障害の傾向があると思う。簡単に言うと「ルールを守れない問題児」である。「快」を求めるあまり、組織から逸脱してしまう。衝突が起こると、自制できずに暴力を振るう。こう書くとすごく印象が悪いんだけど、決して悪い人ではない。もう一度言う「悪い人ではない」。その本質は「人間の本能に忠実」であること。自然にわき上がる「歓喜」「悲哀」を、偽わりなく表現する。決して大人ぶらない。まさに「今を最大限に楽しむため、生きている」キャラなのだ。本作を深く理解するためには、この主人公の複雑な本質を押さえる必要がある。

彼に対極的なのが精神病院の婦長ラチェッド。彼女は精神科病棟を強力に統制、管理する。その背景には、相当な知性と経験が垣間みられる。彼女の本質は「人間の理性に忠実」であること。精神病患者の症状を回復させる方法論も「いかに患者の心に平穏をもたらすか」であり、彼女なりの確信を持って患者にアプローチする。その延長線上に「精神科病棟を着実にコントロールする」というパラダイムが生まれる。それらは全て、彼女の良心に則っている。しかし反面、これらの「束縛」は、患者の「本来的な生きる喜び」を奪っているとも言える。

したがって、マクマーフィー対ラチェッドという、分かりやすい対立の構図が浮かび上がる。ただ注意したいのは、単純なステレオタイプには陥っていないということ。終盤の壮絶な衝突までは、慎重に描かれている。例えば病院の幹部会議で、マクマーフィーを労働農場に送還するという意見の出る中、ラチェッドは「(彼を)救えるはずです」と真剣に答えている。彼女の中にあるのは「対立」ではなく「救済」なのだ。彼女のこの過信から、最後の流血事件へと発展していく。

さて、ラチェッド婦長の罪ーーこれは、当時(1960年代)の精神医療の罪とも言えるがーーは、ビリーという若い患者とのやりとりが、一番分かりやすい。私見では、ビリーは吃音症を患っており、対人関係、特に女性との関わりでトラウマを抱える人物。その背景に、母親(ラチェッドと親友)の強固な精神支配があり、そこからの反抗、脱却→自立ができない。このビリーに対して、ラチェッドはいつも「お母さんに言いつけますよ」的なコメントで、ビリーの精神を萎縮させる。ラストでビリーが童貞を捨てて、男としての一歩を踏み出したシーン。みなが祝福する中、ラチェッドは「お母様が知ったらどう思うかしら」と、文字通り水を差す。達成感に満たされたビリーが、急転直下、どもりの親掛かりビリーに逆戻り。ここでのラチェッドは、まさに「母親の威を借りた女狐」である。言葉巧みにビリーを我が掌中に収めていく。ここでの彼女の「どうだ」と言わんばかりの表情が、もう寒気がする。そうして、売女と寝たという究極の罪悪感を背負ったビリーは自殺。それを見たマクマーフィーは、それこそ本能から溢れるラチェッドへの敵対心から、彼女の首を絞めて殺そうとする。→→結局、マクマーフィーはロボトミーの犠牲となり、廃人へ。

この対立の構図において、マクマーフィーの肩を持つのはたやすい。むしろ、ラチェッド婦長の鉄のような良心を、まるちょうは恐れる。コントロールする側に自省がない場合、それは一種のファッショに陥る。マクマーフィーだって、ラチェッドは「救えるはず」と言いつつ、結局廃人だからね。こうした無責任が、平穏な日常の中でオブラートに包まれて平然と行われる点が、とても怖いと思う。あの陽気なマクマーフィーがロボトミーの餌食になったのは、とても残念だった。

今回はここで終り。次回#2の「自由って何だろう?」というお題で書いてみます。