罪と罰(4a)/ドストエフスキー作

引き続き「罪と罰」から。最後に#4「ラスコーリニコフの罪と罰」と題して書いてみる。ただし、ちょっと長くなったので、更に二回に分けて記します。

さて、ラスコーリニコフというキャラ。このキャラを「好きで仕方ない」という奇特な方は、そういまい。まぁ、友達にはなりたくない人物だろう。しかし結局のところ、彼も犠牲者なんだと思う。老婆殺しという彼にとって「大仕事」は、悪魔が彼のなかに入り込んで行われた犯罪なのである。作中、そういった「作意をほのめかす仕掛け」が、あちこちに散見される。彼自身は、もともとは「弱い者を救いたい、守りたい」という良心を、しかと持った人なのである。その証拠として、犯行のまさに前日に、子供時代の悲痛で生々しい悪夢を見る。要約して引用する。

重荷を引くやせ馬を、こっぴどく叩きのめすやくざ男。初めは鞭だったのが、最後は金属の棒で殴り始める。「俺のもんだぁ~」と叫びながら。他にも酔っぱらいの若者も加わり、めった打ち。結局やせ馬は死んでしまう。ラスコーリニコフ少年は悲しみで胸が苦しくなり、絶叫する。「なんであの人たちは!」・・そこで汗でぐっしょりになり目が覚める。



まるちょうが28歳に読んだ時は、この夢の意味があまり分かっていなかった。ドスト氏は、ラスコーリニコフの心の根底にある「強い良心」の存在を、犯行前に読者に知らせたかったのだ。

だからこの主人公は、元来優しい人なのだ。それがなぜ歪んでしまったのか。ひとことで言えば「貧困とペテルブルグという病的な都市空間」だろう。ぶっちゃけ、根底に良心がなければ、犯行後に「良心の呵責」など生じようもないのです。例えば、ちょい昔に「ナチュラル・ボーン・キラーズ」という、米国のカップルが大勢の人を殺戮する映画があったけど、あれは文字通り「生まれついての殺人鬼」なわけだから、「良心の呵責」という代物とは無縁である。それどころか、悪のヒーローになっちまう。本小説はそれと正反対で、「強い良心を持った若者が、悪魔の操りにより殺人を犯してしまった」という悲劇とみることができる。だからこそ、犯行後にいろんな物語の大波小波が生じうるわけ。

さて、ラスコーリニコフの独特な犯罪哲学について記しておく。この思想が本作の主なモチーフであり、これを触れずには本作の感想は語れないので。

すべての人間は「凡人」と「非凡人」に分かれる。凡人は、つまり平凡な人間だから、服従を旨として生きなければならないし、法を踏み越える権利もない。ところが非凡人は、非凡なるがゆえに、あらゆる犯罪を行い、勝手に法を越える権利を持っている。例えば、もしケプラーやニュートンの発見が、いろいろの事情のために、誰かひとり、ないし十人、百人の生命を犠牲にすることなしにはどうしても人類のものとならない、その連中によってこの発見が妨げられ、彼らが障害となっているという場合には、ニュートンはその発見を全人類のものとするために、この十人ないし百人を排除する権利を持つ・・というよりその義務さえある。

また例えば、ナポレオンなどの人類の法の制定者たちは、みながみな、一人の例外もなく犯罪者だった。というのは、彼らは新しい法を与えることによって、社会において神聖なものとされてきた先祖伝来の古い法を破ったわけだ。この人類の恩人というか、立法者たちの大多数が、とくに恐ろしい流血者だったのだ。

「非凡人」は、つねに法の枠を踏み越える人たちで、それぞれの能力に応じて、破壊者ないしはその傾向を持っている。彼らの大多数は、よりよき未来のために現在を破壊することを要求する。しかもその思想ために、屍を踏み越え、流血をおかす必要がある場合には、彼らは自分の内部で、良心に照らして、流血を踏み越える許可を自分に与えることが出来るのだ。

そして、青年ラスコーリニコフは「自分は堂々たる非凡人」と錯覚して、犯行に及んでしまう。その後の彼の「良心の呵責」の激しさは、読んでて疲れるくらいだ。もちろん犯行を真正面から後悔することはないんだけど、「超自我による自己への裁き」は症状的に著明である。例えば、彼の思考のぶれや、うろたえぶり、そして不眠、肉体的な衰弱など。42歳のオッサンからみると、可哀想なくらい。

上記の思想において決定的に欠落しているのは、ずばりヒューマニズムである。思考の流れが「機械的」というか、血が通っていない。いわゆる「机上の空論」なのだ。まるちょうの思うに「ヒューマニズム」は、ラスコーリニコフが心の底で追い求めていたものだ。彼はそれを自覚していなかっただけだ。それは、マルメラードフが悲惨な死に方をした時に「勝手に体が動いて」善行を惜しまなかったことからしても、明らかである。一番求めているものが欠落した思想で理論武装するという、根本的な自己矛盾。そこに彼の蹉跌があり、したがって不幸が生じるわけ。まるちょうが可哀想と思う所以である。

とりあえず、今回はここまで。ラストは#4bとしてまとめようと思います。