「なぜ君は絶望と闘えたのか」(門田隆将作)を読んだ。これは昨年の正月にお義母さんから貸していただいた本である。私の場合、人から貸してもらったものは、最初は愛着がわきにくい傾向がある。この本もその例に漏れず、読んだのは11月くらいだっただろうか。正月にはまた挨拶に行くので、それまでには読まないと・・という感じで読み始めた。しかし、これがなかなか面白い。とてもよくできたノン・フィクションである。副題は「本村洋の3300日」とある。言うまでもなく、例の「光市母子殺害事件」について、最愛の妻子を殺害された本村さんの長い苦闘を、克明に描いてある。いろいろと思うところはあるんだけど、次の二点に絞って語ってみたい。
#1 渦中の青年を支えた人たち
#2 死刑という制度は必要なのか?
まず#1から。事実関係を記す。1997年11月本村洋さんと弥生さんが結婚。翌98年5月に長女夕夏ちゃん誕生。そして99年4月に事件発生。犯人のFは当時18歳。事件の簡単な内容は以下のようである。Fは早く性行為を経験したいとの気持ちを強めていて、強姦によってでも性行為をしたいと考え、下水の検査を装い本村さん宅に侵入、弥生さんに対し強姦の目的で暴行を加えた上、被害者から激しく抵抗されると、殺害までして姦淫し、さらに殺害された母親の傍らで泣き続ける夕夏ちゃんに対し、付近住民が泣き声を聞きつけて犯行が発覚することを恐れるとともに、夕夏ちゃんが泣きやまないことに腹を立て、理不尽にも夕夏ちゃんの殺害にまで及んだものである。
詳細を記したいけど、あまりにも長くなるので割愛。ただ、詳細を知れば知るほど、その犯行の短絡性、卑劣さ、自己中心性が露になり、嫌悪感が募るという内容です。本村さんは、そうしてある日突然、最愛の妻子を奪われた。99年の春の午後10時頃、帰宅したら、押し入れの中に弥生さんが全裸の状態で冷たくなっていた。この理不尽さって、一体どれほどだろう? 本村さんはあまりの苛酷な現実を目の前にして動転し、夕夏ちゃんを捜す前に警察へ連絡している。無理もない、全く無理もない。ここから、本村さんの苦闘が始まった。
青年は何度も自殺を考えた。最愛の二人を奪われて、自分が生きている意義が見出せなくなったから。そして、二人に何もしてやれなかったという罪悪感。その自責の念は、長く本村さんを苦しめた。そして、仕事を続けることの意義も、本村さんの中で次第に薄れていった。妻子を殺害された年の7月に、本村さんは上司の日高さんに辞表を提出している。日高さんは事件発生以来、この青年を気遣い、なにかと力になってきた。本村さんは、とにかく当時、仕事に対する気力や集中力が薄れていた。そんな本村さんに上司は以下の言葉を贈った。
この職場で働くのが嫌なのであれば、辞めてもいい。君は特別な経験をした。社会に対して訴えたいこともあるだろう。でも、君は社会人として発言していってくれ。労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は、社会人たりなさい。
実に痛烈な言葉だと思う。部下を叱咤激励するのに、これ以上の言葉はなかろう。まるちょうにとっても「労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ」というフレーズは、ガツンときた。私自身「自分が社会人である」という意識が、わりと甘い。平均的な40代と比べて、まだどこかピーターパン的な部分がある。良い意味でも悪い意味でも。「社会人たれ」という言葉は、私の「未成熟な甘えの側面」を痛撃した。
この言葉で本村さんは、会社を辞めることを思いとどまった。その後、仕事を通じて社会に関わることで、自尊心を取り戻し、理不尽な被害から次第に回復していくこととなる。多くの「社会人たる人生の先輩たち」に支えられて、本村さんは2008年4月に差し戻し控訴審でFの死刑判決を勝ち取る。9年という長い歳月が、本村さんを一回り大きくさせた。「過去の判例に照らして、被害者が二人の場合、無期懲役が妥当」という法曹界の常識を覆した。本村さんの純粋で粘り強い魂を感じずにはいられない。今回はここまで。次回は#2の本作の核心に迫るお題で、この事件を考えてみます。