君について行こう/向井万起男

「君について行こう」(向井万起男作)を読んだ。1994年にスペースシャトル・コロンビア号が打ち上げられた。その時、女性乗組員として参加した向井千秋さんは、著者の奥様である。本書は、お二人のなれそめから実際のスペースシャトル発射までをつぶさに記したものである。もちろん著者の、ややコミカルな味のある独自の視点で書き綴られている。

この本は、もともとお蝶夫人♪の蔵書である。なんで読もうと思ったのかと言えば、それはもう「題名に惹かれた」のひとことに尽きる。いい男が「君について行こう」と堂々と言える、その感性がユニーク。その源泉というか状況というか「何かしら気になるもの」を感じてしまったのだ。その嗅覚は、まさに「ビンゴー!」(笑)。とても面白く読むことができたので、感想を記したい。


まるちょうが一番注目するのが、第5章の「生い立ち」。千秋さんの生い立ちを、万起男氏が深く分析している。キーワードは「みなし児一人旅」である。

人というのはしょせん一人ぼっちなんだ。だから、まわりの人に過度の期待はかけないことだ。何があっても、まわりの人の悪い面には目をつむって良い面を見るようにしよう。裏切られたと思わないためにも。結局、人は一人で生きて行くんだ。

幼い頃から、こうした心理的側面を自然に培ってきた。ずっと「一人旅」の感覚なので、万起男氏に嫁いだ時も、ボストンバッグ一個をぶら下げて「こんばんは、しばらく預かっていただくことになりましたので、とりあえず洗面用具だけ持ってうかがいました」という感じ。常に「仮の住まい」であり、定住感覚に乏しいと万起男氏は表現している。そして、千秋さんの口癖は「凛々しく生きる」。だから「明るいみなし児、凛々しく一人旅」というのが千秋さんの人生観なのである。

スペースシャトル打ち上げ前日、夫婦の間で交わされた会話。

「マキオちゃん、私に万が一のことがあった時のことなんだけど、私は両親が心配なんだ。私が宇宙飛行士になるのを引き留めればよかったって後悔するんじゃないかって。両親が後悔したりしないように、マキオちゃんからもよく言ってね。私は好きで宇宙に行くんだから。何があっても、私は絶対に後悔なんかしないんだから」「うん、わかってるよ」女房は照れくさそうに続けた。「マキオちゃん、私に万が一のことがあったら、必ず再婚してね」

この「再婚してね」というフレーズは、それ以前からよくあったそうで、その度に万起男氏は「チアキちゃんに万が一のことがあっても、オレはチアキちゃんの思い出だけを胸に一人で生きて行くよ」と。それに対して千秋さんは「ハハハッ、マキオちゃんは寂しがり屋だから、一人で生きてなんかいけないって。私はマキオちゃんに幸せになってほしいのよ。マキオちゃんは再婚しなきゃ駄目よ」と返したそうだ。

万起男氏はもちろん誇り高き日本男児なのだが、千秋さんの「男性度」は、残念ながらそれを上回っているようだ。向井千秋さんは「自分を捨てて深淵へ飛び込む勇気」を持った人だ。「粋」という言葉が極めて似合う女性である。だからこそ「君について行こう」というタイトルになったんだね。

打ち上げ45日前から、日記形式になる。やはり一番の見せ場は打ち上げの瞬間。打ち上げに成功した直後の直系家族の描写がとてもリアルでよい。

みんな、息を詰めて身動きしていないので、まるで彫刻のように見えた。(中略)それはそうと、私は意外だった。・・オレは泣かなかった、オレは一滴の涙も出さなかった。配偶者団の誰もが泣かなかった(中略)打ち上げが無事終わっても、配偶者団の誰も歓声を上げたりしなかった。みんな本当に静かだった。みんな、これからが大変なことを知っていた。みんな、夫の、そして妻の大変な任務が始まったにすぎないことを知っていた。自分たちの前に不安に満ちた2週間が立ちはだかっていることを、配偶者団の誰もが知っていた。

この「静けさ」が、とてもリアルである。歓声も涙もない、ただの静寂。それが、地球に残された家族のやり切れない不安感を象徴している。自分の嫁さんが宇宙飛行士になったとしたら・・その心労はいかばかりだろう。万起男氏の心中を察するにあまりある。

最後に、これだけは記して終わりたい。本作全編を貫く万起男氏の千秋さんへの愛情。とても不器用だけど、じわじわと感じるその愛情が、とても微笑ましい。まるちょうなんかにも通じるものがあり、大いに共感した。打ち上げ直前の、最後の別れの場面で、ぎこちなく抱き合うお二人の描写がとても胸キュンである。いいなぁ~♪

ややとりとめなくなりましたが「君について行こう」の感想を記しました。