「月と六ペンス/サマセット・モーム 作」を読んで

ふとしたきっかけで、本作を読み始めた。例のごとく、地獄のような「遅読」である。だって、通勤のJRで10分ずつ読む、あるいは読まないとか、そんなんやし。サマセット・モームは初めて読むが、なかなか面白いと思った。画家のポール・ゴーギャンをモデルにした本作、実はまだ読み終えてない(八割くらい)んだけど、二つほど気になった視点があったので、文章として残しておく。

一説によるとタイトルの「月」とは、狂気を表す。「六ペンス」とは、日々の現実を表す。

主人公のストリックランドは、証券会社に勤めていたが、こつぜんと失踪する。妻子を捨ててまで、何のために? 女ではなかった。40男が絵を描きたいのだという。妻子を捨てて、社会的地位もすべて捨てて、絵を描きたい?

ストリックランド曰く「描かなねばならんと言ったろうが。自分でもどうしようもないんだ。水に落ちたら、泳ぎがうまかろうがまずかろうが関係ない。とにかく這い上がらねば溺れる」と。

ストリックランドは大きな「狂気のうねり」に巻き込まれたのだ。「絵を描く」という天啓が雷のように落ちてきて、彼の身体を撃ち抜いた。40歳をすぎて、絵を描き始めるということ。そしてそれ以外のすべてを棄ててしまうということ。生きることへの「渇き」が彼を狂わせた。というか、証券会社での「偽りの凡庸」を棄てて、自分の「真の生きる目的」に覚醒したということか。

彼の作品は当時、誰にも理解されなかった。「下手くそな絵」それだけ。ただ一人、ダーク・ストルーブを除いて。でも、ストリックランドには、他人の評価なんてどうでもよかった。自分の中にある「ある種の毒」を、常にアウトプットすること。ネタバレですが、最後はタヒチの山奥でライ病に罹患し、死ぬ間際まで自宅の壁という壁に大作を描き切った。サマセット・モームは次のように想像する。

人生について知りえたことのすべてと、想像したことのすべてを、その絵の中で言いきったに違いない。そして、描き終わって、たぶん心の平穏を得た。取りついていた悪魔がようやく祓われた。彼の一生は、その絵を描くための苦難の準備期間だったのかもしれない。絵の完成とともに、苦しみ抜いた孤独の魂に平和が訪れた。目的を達成したいま、ストリックランドは喜んで死を迎えた。

ストリックランドは妻のアタ(タヒチで再婚した)に、自分の死後、マンゴーの木の下に埋葬して、家に火を放てと約束させた。家が燃え落ち、棒一本も残らないのを見届けるまで離れるな、と。彼の「天才」が世に認められるや否や、たった200フランの絵が、三万フランに化ける。庶民は「あの時、買っておけば」と歯噛みする。でもストリックランドに見えている世界は、そんな損得の世界ではない。ひとこと、言えるとすれば、

人はなりたいものになるのではなく、ならざるをえないものになる

ということかもしれない。

最後にもうひとつ。ストリックランドがタヒチを「本当の故郷」と感じたことについて。

これこそ、おれが一生かけて探してた場所だ、とな。島に近づくにつれて、見覚えがあるような気がしてきた。いまだって、島の中を歩いてると、どこもかしこも懐かしい気がする。誓ってもいい。おれは昔ここに住んでたことがあるんだ。

イギリスでもなく、パリでもなく、タヒチ。こうした「感覚」ってあり得るものかと、いろいろ想像してみた。僕は、生まれ故郷の舞鶴市も、その後暮らした向日市も、今住んでいる栗東市も、それほど「しっくり」は来ていない。「一生かけて探していた」という感覚は、残念ながら全くない。死ぬまでにそうした「既視感にあふれた場所」に出会えるのだろうか? それは運でもあり、意志でもあり、行動でもあるか。そうした「ユートピア思想」こそが、現実逃避だし、甘えだという考えもあるだろう。ただ、ストリックランドのように「本当に出逢えた」ならば、それはまさに至福なんだろうなと思う。
以上、「月と六ペンス」について、備忘録的に書き留めておきます。