僕は現在、総合内科医として働いている。病棟勤務をしていたのは、25年前にもなるか。総合内科というのは主に診断学であって、専門的な治療の現場には、そうとう疎くなっている。かつては心臓カテーテルの現場にも入っていたけど、それもはるか昔のこと。「臨床の現場」は、ひとことで表現すると「いかに良い医療を実践するか」ということである。僕はそういう「病棟のセンス」からはもう、疎くなっている。
症例は80代後半の男性。デイサービスのスタッフが付き添い。近医循環器科で心電図をとったところ、当院受診を指示されたようだ。本人様のADLは杖歩行。とにかくしんどい、とのこと。もともと高血圧が既往にあり、降圧剤も二種のんでいる。血圧手帳を拝見すると、一ヶ月くらい前から、徐脈がひどい。ときにHR30代あり。そうしたときは、血圧が80台くらいに落ちる。なので今は、降圧剤は中止している。本人様は、定期薬のカルバマゼピンがないので欲しいとおっしゃる。
とりあえず、心電図をみなくては。
HR37、徐脈性不整脈は間違いないが、、 P波は辛うじてあるので、Afではない。高度ブロックとしても、やや合わないと思った。R-Rが不整であり、Afでもない。となると、SSSが疑わしいと思った。現状、失神の症状はない。しかし血圧降下や倦怠感あり、一時的ペーシングは必要だと思った。C病院の循環器科H先生へ電話で連絡。心電図について、SSSという僕の診断については同意をもらえなかったが、とりあえず「高度徐脈」という診断名で入院を許可された。 以上が土曜日の外来でのこと。
次回カルテを開いたのが翌週の火曜日。驚くべきことに、一時的ペーシングは実施されていなかった。その代わりに、塩酸イソプロテレノール(β刺激剤)の点滴静注が実施されていた。ん? 僕は大いに違和感をもった。だって、レ線で心拡大は明らかだし、BNPも1300以上ある。徐脈性不整脈による心不全は明らかである。一時的ペーシングした方が、管理しやすいのでは? 実際、カルテを見たかぎりでは、徐脈は改善したものの、逆に頻脈になっていたりして、やややりにくそうな印象を持った。
よく入院カルテをみると、どうも薬剤性の可能性があるようだ。患者さんは重度の三叉神経痛と認知症があり、カルバマゼピン400mgとドネペシル3mgを内服されていた。これらはいずれも「重大な副作用」として、高度徐脈が挙げれられる。そして当院神経内科での投薬を調べると、最近数ヶ月前からカルバマゼピンが増量、さらにドネペシルが開始となっていた。当然のことながら、入院直後から、この二剤は中止。なるほど、薬剤性だったのか。僕の外来では「高度徐脈」の対応に精一杯で、原因論まで至らなかった。
その後、その超高齢男性の患者さんは、徐脈になることなく、HR70程度で安定。ちゃんと洞調律。その代わり、三叉神経痛が再発して、食欲がなくなったりしたが、プレガバリンで代用され(これは高度徐脈など不整脈系の副作用なし)、無事退院された。その頃に、ようやく例の「謎」が僕の中で解けた。なぜ一時的ペーシングでなく、β刺激剤で対応されたのか。考えたらわかる事だけど、患者さんは超高齢のやや認知症の入った方なのです。「せん妄」という名の不安定因子。これをすっかり忘れていた。せっかく一時的ペーシングのカテーテルを鼠径部や内頸部から入れたとしても、夜に引っこ抜かれる可能性大である。H先生の行った医療は、しっかりプランされたものだった。僕が浅はかでした。餅は餅屋なのかな、と感じた次第です。以上、まるちょう診療録より文章こさえてみました。