小噺をふたつ

<其の壱>秋の爽やかな朝、私はJR円町駅を降りて、春日通りを南に急いでいた。そう、これからT診療所で外来業務が待っている。歩きながら、便意が迫ってくるのを感じていた。「これはコンビニでやるしかないな」 次第にひどくなる腹痛。肛門括約筋をひたすら絞めて、グイグイ歩く。ああ、ファミマが見えてきた! ここのトイレは新しくて清潔なのだ。運よく、誰も入っていない。よし、今日はついている! もうその頃には、息も荒くなっている。若干、手も震えていたり。

無事、用を足してウォシュレット。ああ、これで今日も外来に不安なく入っていける! 神さま、ありがとう! お尻を拭いて、トイレ大を流すボタンを押す。あれ? 手が震えて違うボタンを押した! ウォシュレットのボタンや! 私はなぜかその時、体が固まってしまった。ウォシュレットのノズルがするすると伸びてくる。

く、くる!

私はノズルを凝視していた。金縛りに遭ったように。小さなエイリアンが私に顔面シャワーを浴びせようとしている。ハッと我にかえった私は、荒く「止」ボタンを押す。小さなエイリアンは、するすると引っ込んでいった。

できることなら、仕事の前にこうした冒険活劇みたいなのは、御免こうむりたい。ドキドキしながらファミマでお茶を買って、T診療所に向かった。とりあえず、診療前に顔面シャワーされなくてよかったよ。

<其の弐>あれは寒い冬の午後だった。T診療所で外来業務を終えた私は、コトノハというおしゃれなカフェで昼ごはんを食べていた。今はもう、この便利でおしゃれなカフェは無くなってしまった。贔屓にしていたのに、もったいない。さて、その日は寒いので革ジャンを着ていた。カウンターの椅子には、膝掛けの小さなブランケットが掛けてある。がさつな私は、何も考えずその椅子に革ジャンをひっかけて座る。本日のパスタとコーヒーを頼んで、その日の外来を振り返る。あれはよくなかったなー、あれは大丈夫だろうか、などなど。

そんな風に思案するのは食事前だけで、食べ始めると無の境地である。だってお腹ペコペコだし、家畜のように食べる。食べ終わると、さっきの「思案」はどこかへ消え去っている。給仕はハンサムで長身のお兄さんだった。お会計して、太子道通りに出る。外の空気は冷たい。

開放感にあふれながら、春日通りを北上する。なんか背中が温かいような? 背中を触っても、何もない。気のせいか。さらに歩く。やっぱり背中が変やな? なんか違和感がある。背負っているリュックを外して、革ジャンを脱いでみる。見慣れない布が入っている。あれ?誰かの悪戯か?

これ、もしかしてブランケット?

ハッと気づくまで30秒くらいかかった。革ジャンとブランケットが一体になってしまった事件。なんでそんなことが起こるかなー このままでは窃盗なので、コトノハに戻ってブランケットを返しに行った。お兄さんは苦笑いされていた。しかし、JRに乗るまでに気づいてよかったー 春日通りのせむし男、ここにあり。鈍感にもほどがあるわ。ちゃんちゃん。