ほんまもんとフェイクの二例(まるちょう診療録より)

ひとつめ。90代女性。いつも高血圧で通院されている。ADLは車椅子、娘さんがいつも同伴される。お二人とも、いつも奥ゆかしいというか、礼儀正しいというか、最小限の挨拶と診察で、血圧のくすりを貰って帰られる。いわゆる「手のかからない」患者さんである。

8月の下旬、その高齢女性が「脱力」で受診された。看護師の問診で、そう書いてある。「何か検査要りますか?」札が入っている。僕は患者さんをまだ診察していないが、想像力を働かして「事前検査」を出すわけ。そりゃ、まず熱中症を考えますよね。CBC、腎機能、CPK、電解質。いちおう肝機能も。BNPもいっとこか。採血の結果がでるまで、点滴して休んでいただく。

処置室のベッドサイドで簡単に診察。四肢の麻痺は明らかでないと思った。両側とも、ちゃんと動く。胸部聴診で脈不整あり。ラ音なし。体を起こすことはできないが、呼びかけに応答できる。


ここで「頭ではなさそう」と思った。そうして採血。BNPが642と高値。これはビンゴ! CPKとGOT、LDHが高い。カリウムが1.6と極めて低値。以上より、心不全と低カリウムは確定。心筋梗塞の有無を調べるために、ECGとレ線を追加。レ線はNP、ECGでPAC頻発、V1-3でQSパターン。以上より、亜急性の心筋梗塞と低カリウム合併という最終診断となった。

娘さんによると、数日前から元気がなくなったとのこと。高齢者の心筋梗塞は、胸部症状のない場合がけっこうある。見逃してはならない、ほんまもん。

ふたつめ。50代男性Yさん。主訴は息苦しさ。もともと喘息があるらしく、二日前にメプチンを6回使ったと。訪問看護から注意されたとのこと。それ以来、メプチンは母親管理となっている。そう、母が同伴しているので、なんらかの障害を持たれているのだろうか。体温は37.5度、脈拍77、SPO2 97%。胸部聴診はラ音なし、心音NP。なにしろ焦燥感が強い、多弁、しんどいしんどいと言われる。心電図はNP、ST変化なし。

まず、喘息ではなさそうと思った。ただ時節柄、コロナは簡単に除外しておきたいので、レ線を追加 ☞ すりガラス影など認めず。うーむ。

過去カルテを調べる。どうも精神科通院があるようだ。サインバルタ、セロクエル、トフラニール、ルネスタ、レンドルミン、ロゼレムなどの投薬ありと。不安にはなりやすい性質がありそう。もしかして心気的な症状? 一種のパニックのような? ベッドサイドで様子を観察していて、ふとそんな気がした ☞ Nsへ「アタP筋注してください」と伝える。パニック発作なら、著効するはず。

診察室に戻り、書類の整理などしていた。そこへNsが飛び込んできた。「Yさんが起きられました!」と。え?なんやなんや? 処置室へ行ってみると、Yさんが「超然」と歩いていた。何事もなかったかのように、誰とも目を合わさず、静かに待合のベンチに座られた。その光景をみて「あ、事は終わったんだな」と了解した。Yさんの「もともとの人格」を垣間みれたような気がした。老いた母親が、ちょっとかわいそうに思えた。罪深い、息子の人格。

ふたつめは、フェイクの症状でした。内科的には問題なく、ある時点で思考を切り替える必要があります。この場合は、過去カルテの洗い出しがポイントだった。それにしてもアタP、よう効いたなぁ~ 以上「ほんまもんとフェイクの二例」と題して、文章こさえてみました。