出勤するということについて

みなさん、出勤するときの心情ってどうでしょう? 目の前に仕事が控えていて、それが今日一日どう転ぶか、ある程度は見当がつくけど、究極的には見通せるはずもない。だから出勤前の朝って「宙ぶらりん」なんですよね。それゆえの若干の不安もある。でも、そんなこといちいち言ってたらきりがないので、ずんずん行くわけです。それこそが「出勤」。

僕の一日を左右する大きな要素は、排便と頭痛です。IBSがあり、片頭痛があるので。ただ片頭痛は、診察室にロキソニンを常備する方法を最近みつけたので、わりかし対処が簡単になった。「む?頭へんやな?」と思ったら午後の紅茶でロキソニン流し込めばいい。やはり困るのは排便(腹痛)です。外来業務なので、途中でお腹が痛くなると、なかなかトイレに行くタイミングが計りづらい。外来業務に必要なのは「鉄の膀胱と鉄の腸」なんでしょうか。そんなのあったら欲しいけどね。


下の話になって恐縮です。出勤前に自宅で排便できるのがベスト。でもいつもそううまくは行かない。電車に乗ってから便意がでてくるケース、外来業務中に催すケース、いろいろある。ちなみに出勤途中に催したときに備えて、排便ポイントは四カ所(JR嵯峨野線のトイレ、JR円町のトイレ、円町セブンのトイレ、太子道ファミマのトイレ)定めてある。これら四カ所で便意がなくて、診療所で催すケース。これは診療所のトイレとなるが、もうここでは時間が切迫している。わりと脂汗かきながらだったりする。夏なんか、汗びっしょりですわ~ これでキンキンに冷やされた診察室へ向かうんだからね。

やっぱねー、腹痛をかかえて診療するのって、つらいっすよ。集中力、注意力の低下は必然。傾聴の姿勢も、どうしたっておろそかになりがちだし。だからできるだけ、外来前に排便は済ませておきたい。腹痛も、頭痛も、腰痛も、すべて「医師としてのペルソナ」を損ないます。患者さんは「先生はいつも健康人」というパラダイムで診察室に入ってこられる。もしいい仕事をしたいなら、こちらはそれにちゃんと応えなければならない。眉間のしわは、できるだけ隠す必要があるわけです。

いろいろ書きましたけど、結局のところ、一日仕事を乗りきるには、ひと汗もふた汗もかかなければならない。そしてそれは朝の時点では、完全に予見することはできない。我々は朝、出勤するときにそうした「十字架」を抱えているのかもしれない。十字架の重みを感じ、みなの顔はいちように暗い。窓にもたれて爆睡する若者(いつも見かけるので通勤なのだ)、生真面目な面持ちでいつも見かける茶髪の中年男性、無表情だけどどことなく品の良さがある中年女性(足はスニーカー)。みんな各々の「十字架」を抱えている。この十字架って、体調が悪かったりすると(不眠とか)、とたんに重くなる。これから来る一日の重さに、うんざりする。ただ目をつぶってエネルギーの消耗を最小限にするのみ。

そんな「一日の重さ」を感じつつ、立ち向かうということ。 ある意味、呪いのかかった朝に、敢然と立ち向かうこと。いや、立ち向かい方は人それぞれです。爆睡でもいいし、ちょっと緊張でもいい。自分のペースでその朝の状態を把握し、リスク管理すること。要するに、朝に頭をしっかり働かして、その日いちにちの仕事を推し量ること。この姿勢って、生きていく上でいちばん大切なものじゃないかって。仕事って、流れが始まってしまえば、わりと流れるものです。そうして一日が終わったときの「やり切った~」という充実感。これぞ、仕事の醍醐味でしょう。

朝、JRの中の乗客の顔をみる。いろんな表情がある。でもおそらくほとんどは「一日の始まり」に立ち向かっている表情なんだと思っている。いちように平静で暗いけど、隠された勇敢さ。僕はそう思っている。仕事が目の前にあるということ。仕事が好きだって? そんなわけない。好きだとか嫌いだとか、そういう次元で仕事を語って欲しくない。仕事はまず、目の前にあるからやるのだ。そこには少しの逡巡もあり得ない。朝のJRで見かける顔たちは、そうみんな言ってる。僕はこれらの表情を貴いと思います。さあ、呪いの朝(笑)を明日も乗り越えよう!