ようやく傷が完治しました。11月22日に、入浴OKとなりました。ざぶっと浴槽につかる快感というのは、たまりませんな。なんせ、三ヶ月半ぶりなもんで。「伸び」も制限なくできる。もちろん上半身のヨーガも、もう制限なくできる。背中を自由にできないと、肩や首のストレッチは十分にできません。頸椎ヘルニアを持っているので、肩こりの対応はけっこう大変だった。あと、テープかぶれからの解放。今回の手術で、かぶれやすさが証明された。自分の皮膚が、これほどナイーブだとは思ってなかった。この三ヶ月半、背中の皮疹やかゆみとの戦いでした。
傷は16針。中心の4針くらいが縫合不全に陥った。泥沼のような戦いだったので、原型は残っていないと思います。かぶれからの皮疹も多い。汚くてグロテスクですが、あえてBlogに載っけておきます。これがリアルな私の背中です。ざっくりとえぐり取られていることが分かるでしょう。この背中の凹みをどう思うかって? そりゃ「オレの一部」じゃないですか。今はまだ違和感があるとしても、年々なじんでいくと思います。
思えば8月末に退院して、9月初旬は「自由の翼がはえたオッサン」だった。スポーツジムに行くぞ、美術展に行くぞ、舞鶴の恩師のお参りに行くぞ・・ でも、幻の翼だった。傷が完治した今、その潰えた夢を取り返しに、動き始めています。本当は、9月には大阪のデトロイト美術館展に行くつもりだった。例のゴッホの自画像とかね。その悔しさの反動といっては語弊があるが、24日に京都国立近代美術館(メアリー・カサット展)と京都市美術館(若冲展)をはしごしてきました。どちらもなかなかよかった。12月からは、スポーツジムも解禁です。体重は増えたし、血圧も上がっている。それこそ汗びちょびちょになるまで、体を動かしたい。舞鶴の恩師のお参りは、、 これは急がずに、けやきの美しい初春に参ろうかと思案してます。毎年、この時期に訪問していたので。
7月初めに悪性腫瘍と診断されて、はや五ヶ月。この間いちばん苦しんだのは、ずばり「仕事の調整」です。もちろん命を落とす不安は、ないと言えば嘘になる。でも現実の生活の中で苦しんだのは、やはり仕事でした。まず、慢性疾患の患者さんに動揺を与えたこと。仕方ないとはいえ「不義理」には違いない。9月以降の外来では、ずっと平謝りでした。私はまだ40代、働き盛りです。自分が役に立てる仕事が目の前にあるのに、休まざるを得ない。自分のスキルを社会に還元できない。このもどかしさ。無念。更に、シフトを組んでくださるスタッフの方への申し訳なさ。特に10月以降、ずるずる仕事のキャンセルが続いたこと。もちろん綺麗事だけではなく、経済的な苦しさもありました。こうした「仕事にまつわる苦しみ」は、今回いちばん辛かったです。働けるとは、なんと幸せなことか。仕事が普通にこなせるとは、なんと嬉しいことか。
うかれてばかりはいられない。相手は悪性腫瘍です。常に再発のリスクはつきまとう。注意深く、経過観察したいと思います。これについては、主治医とお蝶夫人♪と私のトロイカ体制で、見張っていくことになります。ちなみに主治医は優秀で気の合う先生なので、幸運でした。
最後に。私は双極2型障害という「心の傷」を持っています。そして「背中の凹み」という身体的な傷も持つことになりました。これら心身の「傷」は、これからの人生において、私のアイデンティティを形成していくと思います。でもまずは生き延びることかな(笑)。死んじゃったら「アイデンティティ」もクソもないしね。生き延びて、心身の傷が「生きていく証」になることを夢見る今日この頃です。