商売の心得について

「村上さんのQ&A」のコーナー! 今回も「そうだ、村上さんに聞いてみよう」から質疑応答を抜粋して、まるちょうなりの考察を加えてみる。

<質問>私は最近、都内でアロマテラピーのサロンを開いてまして、ちょこちょこお客さまには来て頂いてるんですが、何しろ商売が初めてで色々と悩みも多いです。すごく気に入ってくれて、また来まーすとか言ってもう二度と来なかったり、頻繁に通っていたのに、突然こなくなったりする人って、縁がなかったと思う方がいいのでしょうか?

人はあてにならないとは思っていますが・・ でも、こんなことがあった日には、私の何が気に入らなかったんだろう、何か悪いこと言っちゃったかなとか、すごく悲しくなります。お客さまに触れる商売だからなおさらです。村上さんが昔商売なさっていた頃、接客で気をつけていたことは何ですか?(28歳 女)

<村上さんの回答>職種によって少し数字は違ってくるかもしれませんが、10人の新しいお客が店に来て、そのうちの1人が気に入って何度も通ってくれるようになれば、その商売は成功します。逆の言い方をすれば、あとの9人はべつに戻ってこなくてもいいんです。ほんとですよ。

来る人来る人、みんなに気張っていい顔をする必要はありません。そんなことをしていたら、疲れますし、あなたの良い個性も出せません。そのかわりその「戻ってきた」一人だけは深く大事にしなくてはいけません。これが商売のコツです。これは商売だけではなく、小説についても、あるいは人生全般についても言えることです。万人に愛されようと思うと、誰にも愛されません。


<まるちょうの考察>質問を読んで、まず思ったこと。けっこう俺、こういうのやってるな~、と。つまり、毎週リフレクソロジーでお世話になっていたR店を、ぷいっと止めたり。あるいは、毎週通っていたオムライスの店を、これまたぷいっと止めたり。私という人間は、情が厚いようにみえて(みえんかw)、あんがい薄情な人間なのかもしれない。でも上記の文を読むと、贔屓にしていた客が突然こなくなるという現象に、混乱して悲しい心持ちになるのもうなずける。そして、ちょっぴり反省したりする。

私は一般外来という「商売」をしているが、基本「来るもの拒まず去るもの追わず」というスタンスです。総合内科という職種が、もともとそういう性質なのかもしれない。つまり「専門外来への中継所」という位置づけね。そういう意味では、村上さん説に賛成です。さらに言うと、戻ってきた一人も「深く大事にする」というよりは「他の人よりは、少し手厚く診る」という感じかな。決して特別あつかいはしない。

どんな場合でも、対人関係において「八方美人」というやり方は、あまりよろしくないと思う。取りつくろって笑顔を振りまくのは、ある意味、無礼ですらある。商売をするに当たり「自分なりのポリシー」というのは、なくてはならない。客の態度で一喜一憂、あるいは客に媚びるばかりでは、商売は成功しないと村上さんは言っているわけね。こちらのポリシーと客のニーズがぴったり合った場合に、そのお客さまを深く大事にする、ということかな。

ここでもっと広く、一般論に話をひろげてみたい。商売は、気の合う客を囲い込んで、それで満足したらOKだろうか? いわゆる常連客ですな。基本、それでよかろうと思う。では、たまにふらりと入ってきた見知らぬ客は、どうだろうか? 店側としては、ここはちゃんと公平に客あしらいをすべきだ。ここで変に排他的になってしまうスタッフがいると、その店はそこまで、ということになる。そう、商売はいかなる場合も「ムラ」であってはならない。常連客は大事にするけど、どこかで「開かれた場所」でなければならない。

総括。商売は、基本的に偏愛でよろしい。でも、心のどこかで博愛主義という理想を捨てるべきではない。でもそれはあくまでも理想であって、博愛主義をガチでやっちゃうと、人間なんてすぐに擦り切れて潰れちゃいます。個人という存在は、それだけ無力ではかない。哀しいくらいに。この「偏愛と博愛の中庸」という問題にどう対処するかは、すごく難しい問題です。私自身も、これで痛い目に遭いました。外来の再診患者を途方もなく増やしたあげく、自滅みたいな・・ やっぱり、自分が「限定された小さな存在」であることに、早く気づきべきなんだろうね。「ここは無理」という線引きを、いつも心のどこかで引けるように準備しておく必要があると思います。

万人に愛されようと思うと、誰にも愛されません。
これは覚えておいてよい真理ですね。誰かに嫌われる覚悟があって、初めて自分にとって大事な人をちゃんと愛することができる。あるいは、護ることができる。やっぱり、その「覚悟」がいちばん大切なんだと思います。以上村上さんのQ&Aのコーナーでした。