出張健診の想い出

ちょっとひとつだけ書き留めておきたいことがあるので、しばしお付き合いを。私事ですが、2004年頃から約10年間にわたり、K会の出張健診に携わってきた。週に一度、いろんな場所(もちろん企業が多い)へおもむき、健診業務をこなす。とても好きな仕事でしたが、一身上の都合で、今年からT診療所の総合内科外来に転身ということに。一番の理由は、減薬も終わり、体調がある程度よくなったから。例えば五年前だったら、やはり体力的に無理だった気がする。

なんと言っても、健診は病人を診る仕事ではない。総合内科外来に比べれば、やはり負荷は軽い。自分の思考や判断が命にかかわるかどうか、という点において。数年前から、できれば総合内科外来で仕事をしたいと思っていた。そりゃ、医師だもの。自分の医師としての力が、十分に発揮できるところで働きたいですよ。結局のところ、健診は代わりの医師がいくらでもいる。でも総合内科外来では、はるかに突っ込んだ医療、責任のある仕事ができる。

ここで出てくるのが「医療的雪かき」という言葉。村上春樹が「ダンス・ダンス・ダンス」という作品の中で「文化的雪かき」という表現を用いた。この言葉をわかりやすく説明するのって、けっこう難しい。お金を稼ぐために従事する「匿名的な仕事」、専門性を必要としない枝葉末節的な仕事、誰もやりたがらない、お金にはなるけど「平凡でつまらない仕事」 ・・「雪かき」って、誰かがやらなければ、みなが困る。でも、そのわりに特別な技能は必要ない。せっせとやりさえすればよい。そんな感じかな。


健診をやり始めて間もない頃は「医療的雪かき」というのは、気の利いた表現だと思っていた。でも、ある日お蝶夫人♪にそれを言ったら、ひどく怒られたんだな。そのとき、ハッとしたね。要するに「仕事が雪かきかどうか」は、仕事する人の意識のあり方に依るのだと。社会において「どうでもよい仕事」というのは、ひとつもない。「職業に貴賎なし」と言いますが、ホントその通りなんですよ。仕事を「雪かき」に堕落せしめるのは、その人の自意識の低さなんだな。矜持のなさと言い換えてもよい。もちろん健診という仕事は、ドラマチックな展開はまずあり得ない。いわば「いかにマイナスを出さないか」という種類の仕事だと思う。でもそのためには、現場での「各々の持ち場をしっかり務める」という姿勢が必須なわけです。すなわち「目の前の仕事へのプライド」ですな。プライドのない仕事は、常に下に堕ちていく。それが運命(さだめ)。

出張健診の想い出は、いろいろあります。一番想い出に残るのは、やはり数カ所回るような時だろうか。業務が終わる頃には、スタッフの間で妙な連帯感が生まれたり。C信金の五カ所巡り(だったか?)は、きつかったな。心電図の簡易ベッドを持って急な階段を上っていく技師さんの後ろ姿。あれは腰に来るな~ H高校の健診は、中高生のうるさい群れを五人(だったか?)の医師でさばいていく。花街の健診も印象的だった。あれは役得かな(笑)。ある工場では、英語も日本語も話せないアジア人(インドネシア人?)の健診もした。なんだか気に入られて医療相談にのったけど、あれは言葉が通じないのでホントに苦労した。ほぼジェスチャーゲームの世界だもんね。学生の頃の海外旅行が、ちょっと役に立ったかな。それから、マイカーで出勤するときのスリル! 初めて蒲生にあるK社にマイカーで行ったときは、ホント手に汗にぎった。元来が、運転はさほど上手じゃない。事故がなくて、ホントによかったです。あ、それから、道に迷ったこともあった。まったく違う場所に行ってしまい、頭が真っ白になったことも。夏だったりすると、もう現場に着いた頃には汗だくだったりね。

健診業務って、責任者の方を中心とするスタッフのチームワークがいちばん大事。こころ密かに、責任者の方々のことを大変な仕事だなぁと思い、リスペクトしておりました。ベテランもいれば、若い人もいる。みなさんタフだな~と、まじで感心していました。いつだったか、兵庫県との県境くらいまで行って、砕石所みたいなところで、行きはみな殺伐とした雰囲気なのね。ぴーんと張り詰めたような。行路も長いし。一日の業務が終わって、ようやくホッとした雰囲気に包まれる。その時、Y責任者が、朝は胃が痛くて、代わってもらおうかどうか迷ったくらい辛かったと。なんとか終わったな~、とおっしゃる。ホント行きは険しい表情だったもん。帰路は軽口も飛び出し、和気あいあいという感じで。ああいう厳しい勤務のあとの開放感って、いいなあと思う。本当にいろんな責任者の方にお世話になりました。ありがとうございます。

この場を借りて、K会出張健診のスタッフのみなさんに、御礼申し上げます。まず第一に、O元課長様、本当に2007年はご迷惑をかけました。あのときは確か、長野のE社の健診をドタキャンした覚えがあります。あの尻ぬぐいは大変だったでしょう。あれで解雇されても、全然文句の言えない立場でしたが、粘り強く使っていただき、本当に感謝しております。そして長く担当していただいたMさん、いつも親切なサポートをありがとうございました。健診計画というのは、事務職でない我々の想像を絶するストレスがあるんだろうな。お体に気をつけて、お仕事頑張ってください。責任者の方々、看護師の方々、心電図技師の方々、スタッフの方々、本当にながらくお世話になりました。いったん健診からは遠ざかりますが、またご縁があれば、よろしくお願い申し上げます。以上「出張健診の想い出」と題して、文章を書いてみました。