「悪くない」って嫌ですか?

お題を決めて語るコーナー! 「悪くない」という言葉がある。最近、この言葉をめぐって、ちょっと考えることがあったので、頭の中をまとめておきたい。題して「『悪くない』って嫌ですか?」。まるちょうは「悪くない」という表現を好んで使います。これは多分に村上春樹氏の影響がある。村上さんは、この「悪くない」という言葉をけっこう使うと思うのね。ちゃんと調べたことはないけど、多いと思います。英語で言うと「not bad」なんだけど、調べてみると面白いことが浮かび上がってきた。ちょっと文章にまとめてみます。まずはひとつ、エピソードを。

Twitterで相互フォローのKさん。Kさんは、週末に映画をDVDで観て、観ている最中にPCでメモをとる。そしてその日のうちに感想Blogを書いてしまう。Twitterで紹介された私は、その感想Blogを読んで「悪くないですね」と言ったのね。すると(あくまでも雰囲気的に)、むっとされたような気がしたのだ。それまでの親密な距離感じゃなくなったというか。でも私の正直な感想は、まさに「悪くない」だった。映画をみて即日に書いた文章としては「悪くない」。私はうそをつきたくなかった。おべっかとか、社交辞令とか、私は好きじゃない。あくまでも「正直に」感想を述べたのだ。でも、相手は若干気分を害されたようだ。



説明しよう。私はいちおう、ブロガーとしては七年以上のキャリアがある。だから、文章を書くというプロセスの「重さ、厳しさ」については、一家言あるわけね。即日で書き上げた文章は、結局それだけの値打ちしかない。よっぽどの天才でないかぎり、そんな短時間で「人の心を惹きつける文章」は生まれない。でも即日に書いた文章としては「悪くなかった」というわけ。もうひとつエピソード、挙げておきます。

ここ最近、ずっと自宅のコーヒーメーカーで淹れる珈琲がまずかった。飲んだ後に微妙な苦味や酸味が残って、口の中に違和感が残る。珈琲って、とてもデリケートな飲み物だから、そうしたことって凄く影響がある。特に「癒しの作用」が台無しになると思う。三月くらいからだろうか、ずっとまずかった。そうして、結局コーヒーメーカーを買い替えたのだ。19日に商品が届く。ドキドキしながら、新しいデバイスで淹れた珈琲を飲んでみる。ここで出てきた言葉が「悪くない」だった。お蝶夫人♪は「なんだ、それだけ?」って感じ。私としては、けっこうな褒め言葉のつもりだったが・・

これは、マイナスがゼロになっただけのことだ。あるべきものが、あるということ。私にとって「珈琲」というのは、ほとんどインフラに近い。「特上」なんて要らない。日常に溶け込んで、平凡を織りなす潤滑油として作用すれば、それで結構。しかし、そのインフラが「マイナス」を出すようでは困るのだ。プラスは要らないけど、ゼロを保ってほしい。だからこそ「悪くない」という表現になった。

「not bad」という表現について、面白い紹介をしているページがあった(☞こちら)。ここでは「大変な褒め言葉」と記されている。つまり「控え目な言い方をしてかえって強い意味を表す修辞法」ということらしい。ただ、額面どおり「まあまあ」という場合もあるそうで、こうした曖昧さは、英米文化としては若干「らしくない」感じもする。

最後にまるちょうの私見を述べます。まず「not bad ≠ excellent」は、明確にしておきたいと思う。「not bad」は確かに褒めているが、手放しではない。決して激賞ではなく、慎重に評価する態度。よくよく吟味して、絞り出した価値判断。私は「excellent」よりも「not bad」が好きです。どちらが誠意ある態度だろう? 相手が子供ならまだわかる。でも、大人なら・・ ものに対する評価って、そんなに簡単じゃないと思う。ものの真価って、深いところにあると思うのね。年をとるばとるほど、その「真価」は複雑で深くなると思う。

もちろん驚嘆に値するような素晴らしさに出会ったら、迷わず「excellent」を使えばいい。でも人間、年をとるにつれ「初体験」は少なくなるものだ。新鮮な驚きというのは、どうしたって少なくなる。だからこそ「not bad」なんです。うそをついて「excellent」は言いたくないね。自分に正直に、誠意をもって評価する場合「not bad」は、とても妥当な表現だと思う。人生の後半に訪れる「used=使い古し感」を想う。「悪くない=not bad」という言葉は、そうした使い古し感を慰めるニュアンスが含まれるんじゃないか。相手はもちろん、自分にも。人生の黄昏に、自他を慰める「大人としての礼節」は必要だと思います。「悪くない」という言葉に秘められた深さは、こうしたことだと思うのです。

だから、外人さんから「Not bad!」と言われたら、素直に嬉しがろう。それが大人の対応である。また村上さんみたいに英語に精通している人に「悪くない」と言われても同じ。この言葉の持つ「惻隠の情」を読み取りましょう。だって、あなたも私も「立派な大人」なんだから(笑)。以上「『悪くない』って嫌ですか?」と題して書いてみました。