小説 黒人の死ぬ時(e)

デジャヴから我にかえった老年の丸長宏は、ホノルル空港の一角で、黒人の前胸部を揉んでいた。そういえばアフロヘアとか、マイケルそっくりだな。まるでタイムトリップしたかのような、不思議な感覚が彼を包んでいた。しかし、ここは確かにホノルル空港なのだ。変なノスタルジアに浸っている場合じゃない。

「AEDが来たわよ!」恵の張りのある声で、宏はハッとなる。そう、現代はAEDという文明の利器が普及している。時代は変わったのだ。振り向くと、空港の職員が数人、駆けつけていた。AED到着まで、5分くらいだったろうか。ほどなくして黒人の胸に電極が取り付けられ、除細動が実施された。心停止からの初動がよかったせいか、心拍は再開したようだ。職員が頸動脈を触れて、OKサインを出している。


やれやれ、なんとかなったな。宏と恵は顔を見合わせて、微笑んだ。救急車で搬送される黒人を見送った後、彼らは空港リムジンで「モアナ サーフライダー・ウェスティン リゾート」へ向かう。二人には、楽園での胸躍る休暇が待っていた。「藤壷研修医の人なつこい微笑み」が、残像のように、ちらと丸長宏の脳裏をかすめていった。彼は元気でやってるのだろうか。いや、今となっては詮無いことだった。時は過ぎる。死ぬ者は死ぬし、生き残る者はしぶとく生き残る。運命とはある意味ではかなく、気まぐれである。・・よそう、こんな風に考え込むのは。俺たちはハワイに羽を伸ばしにきたんじゃないか。今を楽しもう。丸長宏は車窓から見渡せる、常夏の地のわくわくする雰囲気を味わっていた。(了)



あとがき
まえがきにも書きましたが、私はストーリーテラーとしての資質は持ち合わせていません。本作も、核心となるアイデアは、渡辺淳一先生のものですし、ある意味「盗作」と呼んでもいいくらいです。それにしても・・作家(漫画家含む)の方々の頭脳って、どういう風にできているんだろう?と不思議になります。いろんなストーリーを次から次へと紡ぎ出す、その「魔法」に、私のような凡才は圧倒されてしまいます。とてもかなわない、このひとことに尽きる。

まぁ、まるちょうという人は、Blogというメディアで、淡々と論評や随想、日記などを書くのが分相応なんだと思いました。丸長シリーズ第二弾は、相当前から頭にはあったんですが、どうしても実行に移せなかった。でも、やはり何とか書きたかった。でもでも・・結局ストーリーが「借り物」なんですね。オリジナルじゃない。いちおう何とか書き終えましたが、小説というスタイルで文章を書くのは、これが最後だと思います。よっぽど面白い閃きがあったら、別ですが・・ でも、やっぱり私は「何かのネタを出立点として、文章を書く」というスタイルが合っています。今回それを再確認できたのが、一番の収穫かもしれない。

長々と書きました。最後まで読んでいただいたあなたに、心より感謝申し上げます。m(_ _)m