小説 黒人の死ぬ時(7)

時計は1時42分を指していた。

丸長も藤壷もそれを見たが、何も言わなかった。二人とも疲労の色が濃い。

二人はなんとなしに、大窓の外の星空を眺めていた。彼らの唯一の癒しの風景だった。

すると、再び星が流れた。オリオン座の下辺あたりにスーッと流れていった。

「やあ、また流れ星だ!」

バグを圧しながら、ちょっとだけはしゃぐ藤壷。

「おい」丸長が言った。

藤壷が大窓の方から振り向くと、丸長はゴム手袋のまま腕を組んでいた。

「どうしたんです」

「止めよう」

「だって」

「いいさ」

丸長はマイケルの心臓に軽く目礼をして手袋をとった。


「先生、先生」

藤壷はまだバグを圧していた。

「どうして止めるんです、いま止めちゃ黒人さんが・・」

「心臓は止めたんだから、バグだけ圧したって仕方ないぜ」

「そんなこと言っても」

藤壷は伸び上がって胸の中を覗いた。丸長の手から離れた心臓は胸の洞の中で小さく震えていた。

「まだフィブリレイションが」

「そんなものはすぐ止るよ」

丸長はベッドの前のソファに腰を降ろすと、一度大きく伸びをした。

「先生はこの黒人さんを見殺しにするんですか」

「下らんことを言わないで、家族に報告してこい」

「なんて言うんです」

「死んだってさ」

「そんなこと」

「何を甘えてるんだ。死んだことを家族に言えなくて医者になれるか」

丸長は、立ち上がり、マイケルの胸の創を手で寄せた。

「死亡時刻は1時44分だ」

「先生はその時間をどうして決めたんですか」

藤壷が挑むように言った。

「俺の手が心臓から離れた時だ」

「じゃ何故その時離したんです」

「何故?」丸長が首を傾けた。

「心臓を動かすのが嫌になって、勝手に離したんですね」

「違う」

「じゃ、なんです。何故44分に止めたんです」

「そんなこと聞いても、どうにもならん」

「ききたいんです」

「じゃ、教えてやる」

丸長は大窓の外の星空を見た。

「星が流れたからだ」

「星が・・」

「そうだ、俺の意志ではない。星が二度目に流れた時だ」

「そんないい加減な・・」

「いい加減じゃない」

「だって星と黒人さんは関係ないですよ」

「だから、星に決めてもらったのだ」

「星に・・」

藤壷はバグを持ったまま、創口を縫っていく丸長の顔を見ていた。角ばった丸長の顔は自信と安らぎに満ちていた。

「早く報せてこい」

藤壷はのろのろとドアへ近づいた。

「どこかで誰かが決めなければどうにもならん」

「・・・・・」

「医者は家族とは違うんだ」

そう言うと丸長はマイケルの顔から絆創膏を外し、開口器と気管チューブを抜き取った。

「行ってこい、行って死んだと告げてこい」

立っている藤壷の眼の前で、赤みのあったマイケルの唇は、早くも紫色に変わり始めていた。(つづく)