”I Loves You, Porgy”三題

今回は「”I Loves You, Porgy”三題」というタイトルで、いろいろ語ってみたい。まるちょうは、ジャズのスタンダード「I Loves You, Porgy」という楽曲が大好きです。なんでこんなに心惹かれるんだろう? とても不思議で、一度腰をすえて文章化してみたかった。本作は、たくさんの音楽家により演奏されている。そして膨大な録音が存在する。私の持っている録音は、たったよっつのみ。大変少ないソースで申し訳ないですが、そのうちのみっつを取りあげて、語ってみます。

本作は「ポーギーとベス」というオペラ(1935年ブロードウェイ初演)の挿入歌なんだね。1920年代初頭の南部の町に住む、貧しいアフリカ系アメリカ人の生活を描いている。つまり、黒人の文化や社会を背景に描かれた物語です。前置きはこのへんにして、本題に入ろう。

Billie Holiday

「The Very Best of Billie Holiday」より




まずは、ちゃんと歌詞の付いたやつを。ビリーの優くて豊かなボーカル。いいねぇ~ 本作の一番の「謎」は、なぜ「Loves」なのか、という点。この文法を無視したタイトルが、初めの頃はとても違和感があった。一人称なのに、三単現。おかしいやん!(笑) 調べてみて、ふたつの説があることが判明。まずは凡庸な説から。それは「アメリカ英語だから普通にあり得ること」というもの。つまり、イギリス英語ほどには、文法を厳格に守らないのね。現地では「He don’t come…」なんてしょっちゅうだとか。更に「ポーギーとベス」というオペラは、黒人同士の会話が多いので、必然的に文法はかなりいい加減になる。

もうひとつの説は、とてもロマンチックなもの。つまり、「Loves」と三単現にすることにより「私はあなたのことが好きなんだってさ」と、まるで人ごとのように表現する。これはベスのはにかみである。乙女心である。ベスが自分を客体化したわけね。とてもチャーミングな説だな(笑)。まるちょうとしては、是非こうであって欲しいんだけど。

Bill Evans

「Waltz For Debby」より




これはピアノ・トリオによる演奏。しかもライブ録音である。食器が触れ合う音や、話し声や笑い声、そして最後に拍手。そんな臨場感たっぷりの中で、ビルのピアノが叙情的に鳴り響く。叙情的?・・リリシズムって、何だろう? 美しいものを、ただ単に「美しい」と述べるのは、真のリリシズムではない。個人の「内なるレンズ」で光を屈曲させる必要がある。そこで生じた「歪み」が、その人独特のリリシズムを生むのだ。ビルの演奏は、よく耽美的とか優美とか言われるけど、当人の魂は、かなり烈しいものがあったと推察する。いわば「蒼白くて冷たい炎」のような魂。この「I Loves You, Porgy」の演奏の中でも、そうした「潜在的な烈しさ」は、随所に認められる。鍵盤を叩く確信的なタッチが「炎」を感じさせるとき、ビルのリリシズムは、リスナーの魂に入り込む。また、その烈しさがあるからこそ、優しさや穏やかさもリスナーの心に染み込むのだ。この人の演奏は、そのバランスが絶妙なのね。そして、スコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(d)のインタープレイ。特にスコットとの掛け合いは素晴らしい。

Keith Jarrett

「The Melody At Night, With You」より




これはピアノ・ソロ。ジャズの本領は、即興演奏である。上記のビルの演奏もそうだが、いかに原曲を「蒸留」して独自の音を紡ぎだすか。その「蒸留」のプロセスで、演奏する人間の「心の状態」が、色濃く反映される。1996年に彼は慢性疲労症候群で長期療養に入る。ピアノはおろか、外出もできないほどの暗い闘病生活を送った(by Wiki)。そして二年後の回復期に、この演奏が録音された。まるちょうは、これを聴くたびに目頭が熱くなるのね。なんなんだろう? そうした「神がかり的な力」が、この演奏には秘められている。ひとことで表現するなら「祈り」だろう。傷ついた魂は余計なもの削ぎ落として、極めて単純でかつ深い音を紡ぎだした。この神聖な「間」を感じて欲しい。技術云々というレベルを超越している。これは「ピアノをもう一度弾きたい」という魂の叫びである。叫びだけど、その声はまだ小さい。しかし、リスナーはその小さな声を聴いて、かえって心を揺さぶられる。初めは単なる「小さな声」に聴こえていたものが、よく聴くと「強い意志」を秘めているのに気づくから。Wikiによると「療養中彼を献身的に支えた妻のローズ・アン・ジャレットに捧げられている」とのこと。もしかすると、このキースの紡ぐ音は、妻の愛が反映されているのかもしれない。いや、きっとそうだろう。

以上「I Loves You, Porgy」について、文章を書いてみました。