チルソクの夏/佐々部清監督

「チルソクの夏」(佐々部清監督)を観た。佐々部作品は「夕凪の街 桜の国」「半落ち」と観てきたんだけど、監督ご自身から本作を薦められていた。とりあえずアマゾンでDVDを取り寄せてみると、どうも青春ものみたい。それを確認した後、半年ほど書棚に熟成となる(笑)。タランティーノとかそういうのばかり観ていたので、ちょっと心を浄化したいと思い、本作を手に取った。

本作は佐々部監督の第二作目で、故郷の下関が舞台になっている。時は1977年7月7日。下関と釜山の間で行われた親善陸上大会にて。高校生の郁子は韓国人の安大豪と出逢い、淡い恋が芽生える。その純愛を軸に、下関の四人の女子高生の等身大で瑞々しい青春が描かれている。チルソクとは、韓国語で「七夕」のこと。二人は来年のチルソクの日に再会することを約束する。それから文通が始まる。今のようにメールのような便利なツールはない時代。そして韓国は朴政権であり、軍事独裁体制の頃。今時の韓流みたいな文化はなく、韓国の男の子と付き合うなんて、いい目で見てもらえなかった。郁子の父も「朝鮮人だけは許さんぞ」などと諭す。また、韓国の安も同様に親に反対されていた。そんな中で、翌年の大会で安との再会を果たす。儚く哀しい初恋。

本作でまるちょうが泣いた場面はふたつ。ひとつめは、安の母から「迷惑だから、もう手紙を出さないで欲しい」という文面の手紙が届き、郁子は絶望のあまり部活をしなくなる。ここで四人娘の友情が、しかと描かれる。場所は陸上部の部室。郁子を励ます真理と巴と玲子。特に真理を演じる上野樹里の涙が心を揺さぶる。あまりにもホロホロ泣くので、思わず私も泣いてしまった。

「郁子・・」「なんか、やる気がでん」「がっかりしとるんはわかるけど、郁子がおらんとつまらん」「今頑張らんと、大学の推薦もダメになるやん」「大学だって、無理して行かんでええ気がしてきた」「でも、陸上だけは、大学でも実業団でも続けるって言うとったやん」「郁子って、何のために陸上やってきたん? 私はただ走るのが好きだったからやし。巴は飛ぶのが好きやから。郁子だって同じやないん? 目標決めて、クリアするのが楽しいんやろ? 練習はきついけど、その後みんなで食べるお好み焼きがおいしいやん! 宅島さんのときだって、一緒に悩んでくれたやん!(ここから涙を流しながら)安くんが来んというだけで、好きな陸上やめられる? あたしたちのこと、もうええん? そうなら、もう戻ってこんでええよ!」

このあと、父からの不器用な励ましもあり、部活に戻る郁子。こうした描写が、とても優しい心持ちにさせる。

もうひとつは、ずばりエンディング。本作は2003年の現代がモノクロで、1977-78年の青春時代がカラーで描かれる。更にエンディングはモノクロで、青春時代のスナップを映し出している。流れるのは韓国語の「なごり雪」。ここで意表をつかれ、心にじんわりと不思議な感動が生まれる。まるちょうは、ここで降参して泣いてしまった。佐々部作品独特の「号泣ではない、気持ちのよい癒しの涙」なのである。こうなるとまさに「佐々部マジック」だね。いやいや、参りました。YouTubeをのっけておきます。



現代(2003年)の郁子は43歳で、私と同い年。郁子はモノクロームの表情で、こう心の中でつぶやく。想い出のブレスレットを見つめながら。

安くん、結局私たち、四年後に逢うことはなかったよね。私は東京の体育大学に進学して、新しい恋をした。安くんもきっといっぱい恋をしたと思う。私は結婚し、離婚も経験したよ。安くん、今日は七夕です。何年かぶりに、あの時の約束を果たせたような気がします。ずっと隠れていた想い出が、二十数年経ってもキラキラしていることが嬉しくてたまらないの。私たちは約束を守らなかったわけではなく、未来にこんな大会が待っていることをきっと信じていたんだと思う。

初恋とは、大体において成就しないものである。でも、成就しないからこそ、いつまでも輝き続けるものなのかもしれない。40代になって自身の初恋について考えることは、何かこそばゆいものである。自分の不完全だった青春時代を恥じいる気持ちもあるし、あの頃の純粋で一途な心を思い出す気持ちもある。「感傷」と言っちゃうと身もふたもないけど、「いつまでもそばに置いて忘れない」という態度は、初恋や青春というものを、いつまでも輝かせるんじゃないかな? 43歳の郁子にとって、陸上の大会、ブレスレット、なごり雪、ハングル、どれもが青春であり、そして現在でもあるのだ。青春と現在を全く分離しちゃうと、たぶんそこから老化は始まると思う。郁子の生き方をみていると「自分の過去を大事にできる人は、いつまでも若々しい」という教訓が読み取れるかもしれない。

最後に、佐々部作品を三本観て思うこと。日常の描写をこつこつと丹念に積み重ねる方法論である。確かにハリウッド映画に比べると地味なんだけど、この方法論で観客を感動させるには、本当に強い信念が必要と思う。非日常はハリウッド映画に任せて、佐々部監督は堂々と我が道を歩んで下さい。以上「チルソクの夏」の感想を記しました。