幸福の黄色いハンカチ/山田洋次監督

「幸福の黄色いハンカチ」(山田洋次監督)を観た。私にはネパールに17年来になる友人がいて、たまにメール交換する。ある時、彼が「ネパールと日本の友好のため、日本映画が上映される。NODO JIMAN, NABBIE’S LOVE, LIKE ASURA, THE YELLOW HANDKERCHIEF, SANJUROが上映される。観たことあるか?どれが一番面白いだろうか?」という内容のメールを送ってきた。実はこの中で観たことがあるのは、黒澤明の「椿三十郎」だけだった。でもその頃、私は疲れていて「幸福の黄色いハンカチ」が一番面白いよ、などと観てもいないのに適当に返信してしまった。そのことが、ずっと心のどこかに引っ掛かっていて、そして同時にこんな名作を観ていない私は、日本人としてどうなんだろう?という自分の良心に苛まれるようになった。もちろん、おおまかなストーリーなんて、観なくても分かってる。でも、やはりちゃんと観ておくべきじゃないのか? そんな葛藤があって、ようやく昨年の夏頃DVDを購入して、9月に観た。結論から言うと、こんなん観てない奴は、日本人として恥ずかしいよ。ネパールの友人に軽いはずみでついた嘘が、改めて恥ずかしくなった。

高倉健演じる勇作という男の不器用な生き方。なんちゅうか、この男・・この男の生き方が、あるいは存在そのものが、自分の中で「渾然一体となって魂が揺さぶられる」感じがした。たぶん、高倉健という俳優さん自体が、私には特別な存在なのかもしれない。この感情移入のただならぬ様相は、一種「神がかり的なもの」を感じてしまう。

一時の哀しみから、酒を飲み荒ぶり、人を殺めてしまう。そして刑務所で倍賞千恵子演じる妻、光枝との接見のシーン。自分は人殺しなのだから、と一方的に離婚届を突きつける。「俺の名前の横におまえの名前書いて、ハンコついて、それ市役所持っていけばそれでいい。それで俺とおまえは、あかの他人だ」と。この男は、それが女への優しさと思っているのね。光枝は「あんたって・・あんたって勝手な人だねぇ。一緒になるときも、別れるときも・・」と泣くのみ。勇作曰く「紙切れ一枚だよ。夫婦なんてもともと・・他人なんだな。紙切れ一枚で、終わりだもんな」と。この不器用さって、極論すると、全ての「男性的なもの」に共通するんじゃないだろうか。女のためを思ってやっても、それが結局女を泣かしている、みたいな構図。ほんまこのシーンは、身につまされるというか、泣けてくる。男の不器用さと愚かさが、にじみでるシーン。そして、高倉健と倍賞千恵子という配役は、「幸の薄さ」という点で、リアリズムの極地を描いていると思う。

本作の中盤で勇作は武田鉄矢演じる若い欽也に「だまって聞け、ちゃんと座れ。朱美ちゃんは女子じゃろうが。いいか、女子っちゅうもんは、弱いもんなんじゃ。咲いた花のごと、脆い、壊れやすいもんなんじゃ。男が守ってやらないけん。大事にしてやらないけん。聞いとるんかこらぁ!」と諭す。これ、決め科白だよねぇ。近年は、こうした価値観が逆転して「女子は強し、男子は草食系」みたいな風潮もあるけど、基本はこれなんだよね。この科白に、勇作の中の「漢」を感じてしまう。何度も言うけど、高倉健がこの説教すると、ほんま欽也みたく正座したくなってしまう。説得力あるねぇ。

ラストで勇作と光枝が再会するシーンも印象的。勇作は光枝を抱きしめない。まず光枝に荷物を渡して、たくさんの黄色いハンカチを見上げて、そのまま家に入ろうとする。光枝は置いてけぼり。泣く光枝。そりゃそうだよね。そこへ、後ろから光枝の肩を抱いて家に入る勇作。このシーンが、遠景で撮影されている。なんちゅう不器用な奴よ! やっぱ、照れなのかなぁ。ひとことで言うと「昭和」という事になるだろうか。欧米化された今の日本人男性なら、抱きしめるだろうにね。



さて総括。「不器用さ」って何よ? それは裏返せば純粋さである。だからこそ、まるちょうは、その「男の不器用さ」を愛する。女性化した男性が多い昨今、あるいはお手軽な恋愛ゲームがはびこる昨今、こうした野太い「男の不器用さ」の復権を、まるちょうは切に願う。そしてまた「不器用さ」は、孤独である。高倉健がまとう「孤独の哀愁」が、まるちょう的にはツボだった。その孤独に耐える男の眼差しが、こりゃもう、ほとんど憧憬だね。男と女って、お互いの孤独を持ち合って、交わることができれば、一番素敵なんじゃないかな? それで初めて「深い関係」になれるのだと思うんだけど。

結局、大まかなストーリーが分かっていても、号泣してしまった。分かったつもりになっていた自分が、本当に恥ずかしい。すいません、山田監督。ネパールの友人にも、しかと謝りのメールを出しておいた。日本人なら、やはり一度は観ておく作品ですね。以上、長くなりましたが「幸福の黄色いハンカチ」の感想を記しました。