明日の記憶/堤幸彦監督

「明日の記憶」(堤幸彦監督)を観た。昨年の夏に夫婦で観て、とても感動した映画。そしてBlog用に今回再び鑑賞して、この作品の素晴らしさを再認識することとなった。

テーマは若年性アルツハイマー病の恐ろしさと、それを乗り越えようとする夫婦の絆のあり方です。渡辺謙と樋口可南子が素晴らしい演技。個人的には、渡辺さんの演技に「取り憑かれたような」勢いを感じた。渡辺さん自身、白血病の闘病中に生死の境を彷徨った経験があり、自然に感情移入できたんだろう。脇役の方(神経内科医師役のの及川光博、クライアント課長役の香川照之、日向窯の主人役の大滝秀治など)も、大いに印象に残った。



見所が多い本作だけど、以下のみっつの場面を取り上げてみる。

#1 病名告知の場面
#2 夫が妻に暴力をふるう場面
#3 ラストシーン

まずは#1から。病名告知後、病院の階段で二人して手を取り合って泣き合う。この場面は何度繰り返して観ても泣ける。若年性アルツハイマー病というのは、癌告知に匹敵する、いやむしろ更に酷いかもしれない。その現実に二人直面して泣く。渡辺さんも樋口さんも、これ以上ないほど自然に感情移入できていて、じーんとなる。「俺が俺じゃなくなっても、平気か?」「だって家族だもの。私がずっとそばにいます」こう言って、妻は夫の手を握るのだ。夫婦愛、よきかな~

次に#2のシーン。発症後三年で、もう病状は相当に進んでいる。妻も仕事を持ち、夫の介護にも疲れきっていた。ある晩、激しい口論になり、夫は皿で妻の頭を殴る。しかし、その行為は両人ともに不本意かつ想定外なのだ。単に殴って血を流すという見せ方でなく、とても工夫して表現してある。そう「この暴力は病気がさせている」のだ。アルツハイマー病が進行すると、突発的な衝動が抑制困難になることがある。特に若年性の場合、力がしっかりあるので、暴力は大きな問題となりうる。とても悲しい場面です。

最後にラストシーン。山中で行方不明となった夫と探している妻が出会う場面。夫はすでに妻のことを識別できない。「僕、佐伯っていいます。佐伯雅行。あなたは?」「枝実子っていいます。枝に実る子と書いて枝実子」「枝実子さんか、いい名前だな」この後、妻は顔を覆って泣くが、気丈にもまた夫をみて「うんうん」と小さくうなずき、夫についていく。病状が進んでいる夫の背をみながら、うんうんとついていくのだ。こうして本作は終わっている。夫の手を引っ張って、どこかへ連れて行くんじゃないのね。悲惨な病気なはずなのに、とても「受容的に」描いていある。よくできていると思う所以です。

最後にひとこと。この映画は、中高年の夫婦に是非観ていただきたいと思う。ある問題に直面したときに、夫婦としてどのように立ち向かうか。そのヒントが、あちこちに散りばめられていると思う。良質の作品だと思いました。