近況

近況をひとつだけ。

医療に関わることなので、一般の方はあまり興味が湧かないかもしれません。まぁ、たまには専門的な内容もいいかと。始めに断っておきます。

まるちょうは現在、京都市内の診療所にて週二回、総合内科外来を担当している。それなりに有能であると、なんとなく自負するところがあった。しかし最近「実は自分の外来診療は、かなり拙いものである」という自覚をせざるを得ない出来事があった。そういうわけで、ちょっとした意識改革があったので、それについて書いてみる。


40歳代の既婚女性で、ご主人同伴で来所。38℃台の発熱と激しい右季肋部痛あり。診察では、右季肋部に著明な圧痛と筋性防御あり。血液検査で、炎症反応中等度で肝障害などは認めず。腹部エコーにて胆嚢と胆管系に石はなく、検査技師さんの所見では、特記すべき所見なしだった。

ここで私の拙い頭脳が登場。症状および診察と血液検査からは、明らかに急性無石性胆嚢炎。技師さんのエコー所見がおかしい!と決めてかかり、自分でエコーの写真を見て「胆嚢にデブリス充満しているように見える」とカルテに記述して、入院とした。聾唖のご夫婦で、意思疎通が結構大変だった記憶がある。

後日、入院経過がちょっと気になったのでカルテを見てみると、なんとクラミジアの骨盤内感染が、肝周囲炎にまで波及したもの・・専門的にはFitz-Hugh-Curtis症候群というものであった。だから、あの時のエコー所見は技師さんが正しかったのだ。患者さんは、マクロライドとセフェム抗生剤併用投与にて軽快し、一週間ぐらいで退院されていた。

カルテに記載してある「Fitz-Hugh-Curtis」という診断名をメモして、家のMacでググって、ようやくその病態を知るに至る。こんな名前の症候群なんて、恥ずかしながら全然知らなかった。結構ショックだった。検索結果を丹念に調べると、一冊の医学書に行き当たった。「見逃し症例から学ぶ日常診療のピットフォール」(生坂政臣著)が、それ。迷わずアマゾンで注文。現在読んでいる途中だけど、目から鱗がバケツ一杯くらい落ちるくらい啓蒙されている。これは、内科総合診療に携わる人は必読です。素晴らしい本です。2003年に刊行された本だけど、もっと早くに手にするんだった。

例えば、単なる風邪でも、細かく見ていけば、患者さんごとに異なった面を感じ取ることができる。それにより、医師からの話の内容も変わるし、処方ももちろん変わってくる。そうした「細やかな差異」を楽しむべきだというのが、本書の主張。大いに同感で、風邪だからといっておおざっぱに見るのでは、総合内科医としてのプライドを放棄しているようなものだ。その他にも、総合内科医として必要な知識や心がけが満載で、最低三回は通読しようと思った。

後日談だけど、例の右季肋部痛の女性のご主人が、軽めの右季肋部痛で一人で来所された。至急の諸検査では炎症反応弱陽性以外に特に有意な所見なく、今度は自信を持ってマクロライド抗生剤を処方した。二週後再診されたとき、血液検査でクラミジアのIgA抗体価が上昇しており、本人さんも元気になっていたので、メモ用紙に「もう大丈夫です」としたためて渡した。ああいう時の、患者さんが診察室から満足した風に出て行く後ろ姿を見送るのって、医師冥利に尽きるなぁ。もちろん、どこでクラミジアをもらってきたのか?という問題はあるんだけど。その後にも中年女性で、FHC疑いの症例を一例経験した。元来は若年女性に多いんだけどね。右季肋部の痛みはごく軽微な場合もあるようで、FHCは潜在的には意外に多いのかもしれない。

以上、かなり専門的になりましたが、最近仕事で感じたことを書いてみました。